新会社の貸借対照表は「実態」に沿うものにする
前回の続きです。
C社は公共工事を受注する建設業で、財務内容等について定期的に経営事項審査(経審)を受けなくてはなりません。そのうち経営状況に関する審査は、審査機関へ提出した計算書類(決算書等)で実施されます。そこでは、資産の部に計上された「営業権」はあくまで資産であって、提出した貸借対照表の簿価で審査がなされます。
会社分割を実施せずに旧会社の簿価ベースで審査を受けても財務内容評価は悪くはなかったはずです。ところが、分割を実施せずに含み損等を抱えたままの貸借対照表などは「粉飾された」決算書類ですから、そのまま引きずることはできません。
ですから、税制非適格の会社分割を実施して資産負債を時価で承継させ、新会社の貸借対照表を実態に沿ったものにすることが必須です。
一方で、会社分割を実施して450百万円の営業権を認識し、これを5年かけて営業権償却費として損金経理すると、毎期90百万円の営業権償却費が出ます。本ケースでは、さすがにこれを全額吸収できるだけの税前利益の確保は困難でした。
工事の受注プロセス、工事受注後の工事進捗管理・原価管理等を徹底した結果、従前の赤字工事は全くなりましたが、それでも毎期の大きな営業権償却費を全額吸収できるだけの税前利益の確保はできず、最終損益は毎期30百万円程度の赤字となっていました。
分割承継後の新会社の純資産は50百万円でしたから、毎期30百万円程度の最終赤字が出ると分割後2事業年度終了後に再び債務超過に陥ります。そして5年が経過した時に、次回の経審がこのままの決算書では非常に悪い評価になると判明しました。
債務超過に転落し自己資本額が悪化すれば経審の経営規模に関する評価点が悪くなり、公共工事の発注者による競争入札参加者の順位付け、格付けに大きな悪影響を及ぼします。
税効果会計適用により「経審」のランクダウンを回避
そこで、私は税効果会計の適用を提案し実行しました。
会計上、計上した営業権償却費のうち課税所得を超える部分は、税務上の青色繰越欠損金として次期以降に繰り越され、次期以降の課税所得に対して減算効果をもたらします。税務上の青色繰越欠損金は、将来の法人税の節税効果を持つため、資産性を有します。
そこで、これを会計的に貸借対照表に計上するほうが会計目的に資するという考えのもと、資産として計上されるのが「税効果資産」になります。
会社分割後5年目に約150百万円の税務上の青色繰越欠損金が累積された状態なので、約60百万円の税効果資産が計上され(実効税率40%)、同額の剰余金が資本の部に計上されて、経審の評価点数の悪化を食い止めることができました。
もちろん、税務上の青色繰越欠損金は将来全額回収可能(使い切る)であることが大前提ですので、将来の収益予測をしっかりと行った上で税効果会計を適用したことは言うまでもありません。幸い、長期にわたる収益性の非常に良い民間の建設工事に取り掛かっている最中でしたので、このような方法が可能でした。
結果、事業が好調に推移したことも相まって、経審の評価点は毎期高くなり、公共工事の発注者の順位付け、ランク付けも毎期高くなって、現在ではAランクに位置しています。
ここで例示した税制非適格の会社分割(吸収分割)や、税効果会計を適用して貸借対照表を改善するといったアイデアは、私が仕事で出会った多数の税理士ではプランニング不可能でした。実際、本ケースでは顧問税理士が別にいましたが、高齢であったためか全く理解していただけなかったので私が全て指導し、申告実務だけを行っていただきました。
税理士は税務が専門ですが、組織再編税制に精通している税理士は税理士法人の中でも一部で数えるほどですし、税効果会計に至っては全く門外漢だと言えます。
本章では、事業再生(一般の経営も同様)に必要な資質のうちロジックの世界で解決できる問題を、管理会計と組織再編を例に説明しました。公認会計士であれば、ここで説明した話は十分理解できたと思いますが、何人の税理士がこの話に付いてこられたでしょうか。
以降ではロジックの世界とは離れて、センスの世界の事例を交えながら説明します。おそらく「専門家」の方は誰も付いてこられない話だと思います。