市場動向を占う一番の鍵は「ECBの政策スタンス」
政治的には、仏マクロン政権の誕生により、独仏連携によるEU再生に期待が高まっていること、その一方でEU圏内各国の経済のファンダメンタルズはバラバラであることから、構造改革への道のりが長く平坦ではないことは、前稿までに書いたとおりである。本稿では、市場(相場)に与える影響について見ていく。
市場動向を占うのに、一番の鍵は、超金融緩和を継続してきた欧州中央銀行(ECB)の政策スタンスが現行のまま維持されるのか、変化するのかに掛かっている。
2015年央から、デフレ圧力の下、ECBと英中銀(BOE)は、適格債券を市場から購入し、市場に資金を潤沢に供給し続ける金融緩和策を維持してきた。この緩和策の結果として、長短金利が大幅に下がることで、為替は大幅安となり、このユーロ安やポンド安による輸出の追い風の恩恵もあって、今年に入りユーロ圏北部では、景気の足取りは改善しつつある。その結果として、インフレ率にも、上向きの動きが出てきている。実際、ユーロ圏6月消費者物価指数は、コアが前年同月比1.2%(5月は同1.0%)と、ジワリと上昇している。
既定路線としては、ECBは、今年12月まで債券買い入れを継続する予定である。問題はその後で、この政策の期間を延長して、緩和政策を継続するか、テーパリングと呼ばれる金融緩和の縮小に踏み切るかを決める必要があり、市場の憶測を呼んでいる。
米国に続き、欧州も超金融緩和策の出口が近づいたか
「物価の基調は引き続き弱い」と従来の表現を繰り返し、市場にハト派との印象を与えていたドラギECB総裁だったが、6月27日の演説で、状況は「デフレからリフレ」に移行しつつあり、広範にわたって「経済が回復に向かいつつある」と発言した。
この発言は、ドラギ総裁の金融政策に関するスタンスが変化したと受け止められた。すなわち、タカ派(強気)に判断を転じたとの解釈が大勢を占め、欧州中央銀行(ECB)は9月7日の定例理事会で、現在実施している資産購入の規模を縮小(テーパリング)することを判断するとの見方が広がっている。
加えて、7月6日発表の6月ECB理事会議事要旨には、「インフレ見通しへの確信が一段と高まれば、緩和バイアスを見直す可能性がある」との意見が示されており、「必要に応じて資産買い入れを拡大する」との文言を削減することについて当局者が協議していたことが明らかになったため、米国に続いて欧州も、超金融緩和策の出口が近づいたとの観測は急拡大している。
ただ、中央銀行が超金融緩和策の出口にたどり着くことはそう簡単ではない。2013年5月にバーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長が、量的緩和の縮小を示唆した際、金融市場は大きく動揺した。債券相場は下落して、10年米国債利回りは約半年の間に2%手前から、3%台へ上昇、為替市場でもドル高が進行した。この現象は、テーパー・タントラム(市場の癇癪)と呼ばれて、市場には、FRBの時のように、ECBの政策スタンス変更で同じことが起こるのではないかとの警戒感も根強い。
欧州でも既に金利の上昇が見られ、ユーロやポンドも昨年の安値から大きく値を戻しているが、今後、金融政策の行方を巡る憶測により、市場では振れの大きい展開となるだろう。
投資家としては「冷静な反応」が肝要に
前稿でも書いたとおり、ユーロ圏内の景気やインフレの状況は、まだまだ斑模様である。継続的な経済回復は、ECBの緩和的な金融政策に大きく依存しているといいうのが現状であり、金融緩和の解除に向かっているとの見方から金融市場が動揺して、金利が上昇、ユーロ高が進行ということになってしまっては、超金融緩和をはじめとする、これまでの取り組みを阻害しかねないだろう。ECBもそのことは理解をしており、ECBは、9月の理事会から、超金融緩和状態の解消を検討するだろうが、これに伴う市場の混乱を強く警戒するだろう。実際には、市場との対話を図りながら、年内に行動を開始するようなアプローチは取らない公算が大きいと見ている。
さて、2013年の後に何が起こったかといえば、米国経済は低成長での回復軌道を辿り、FRBが2015年12月に10年ぶりの利上げに踏み切ったあとも、10年米国債利回りの低下は続き、2016年半ばには、FRBが緩和策解除を示唆するよりも前につけていた水準を下回るほどにまで低下したのである。為替も、米ドルは主要6通貨に対するドルインデックスベースで大きく上昇したが、上昇した期間は、2013年初めからFRBが実際に利上げを開始した2015年12月までの期間の上昇幅が大きく、25%もの上昇であった。
つまり、初期のショックによって引き起こされるテーパー・タントラムの反応は、やや過剰だったのである。ECBも慎重な姿勢を取ってくることは上述の通りであり、冷静に反応していくことが肝要と筆者は考えている。