今回は、「いぬもあるけばぼうにあたる【犬も歩けば棒に当たる】」を解説します。※本連載は、元小学館辞典編集部編集長で、辞書編集者として多数の辞書作りに携わってきた神永曉氏の著書、『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、変化し続ける「ことばの深さ」をお伝えします。

災難か、幸運か? 相反した意味を持つことわざ

いぬもあるけばぼうにあたる【犬も歩けば棒に当たる】〔連語〕

 

犬が当たる「棒」は幸運それとも災難?

 

「犬棒(いぬぼう)カルタ」というものをご存じだろうか。「いろはガルタ」のひとつで、最初の札の「い」が「犬も歩けば棒に当たる」であることから、そのように呼ばれる。ちなみに、上方のカルタでは「い」は「一寸先は闇」である。

 

この「犬も歩けば棒に当たる」ということわざをご存じないというかたは、あまりいらっしゃらないであろう。だが、意味はいかがであろうか。実は、相反する意味で揺れている興味深いことわざなのである。『日本国語大辞典(日国)』を見ても、二つの意味が載せられている。このような内容である。

 

(1)物事をしようとする者は、それだけに災難に会うことも多いものだ。

(2)何かやっているうちには、思いがけない幸運に会うこともあるものだ、また、才能のない者でも、数やるうちにはうまいことに行きあたることがある。

 

つまり、災難説か幸運説かに分かれるのである。

カルタの絵では「顔をしかめた犬」が多いので…

そして、そのそれぞれの意味で引用されている用例も、ともに江戸時代からある。災難説の一番古い例は、

 

「じたい名が気にいらぬ、犬様の、イヤ犬房様のと、犬も歩けば棒にあふ」(浄瑠璃・蛭小島武勇問答(ひるがこじまぶゆうもんどう)〈1758年〉三)

 

幸運説は、

 

「ありけば犬も棒にあたりし・夜参の宮にて拾櫃(ふひつ)の底」(雑俳・三番続(さんばんつづき)〈1705年〉)

 

浄瑠璃の例は、前後が引用されていないので、ちょっとわかりにくいかもしれない。雑俳例の「櫃」は飯を入れる木製の器。野良犬が幸運にも底に飯の残った「櫃」にありつけたのであろう。

 

50年ほどの違いではあるが、災難説、幸運説どちらが先だったかは、これだけでは判断できない。ただし「犬棒カルタ」の絵は、犬が棒に当たって顔をしかめているものが多いので、災難説が主流なのかもしれない。

 

辞書の場合は、解説の分量は多くなってしまうが、それぞれの意味を載せて、あとは読者に判断を任せるということになる。だが実際に使う場合は、災難と幸運のどちらの意味で使っているのか判断しなければならないので、いささかやっかいかもしれない。

 

さらに、幸運説の場合は、先に引用した『日国』の語釈のように、「才能のない者でも」というニュアンスも含まれるので、使用にはじゅうぶんに注意が必要である。

 

□揺れる意味・誤用

 

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