今回は、「いなずま【稲妻・電】」を解説します。※本連載は、元小学館辞典編集部編集長で、辞書編集者として多数の辞書作りに携わってきた神永曉氏の著書、『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、変化し続ける「ことばの深さ」をお伝えします。

雷が稲を実らせるという俗信が転じて…

いなずま【稲妻・電】〔名〕

 

「いなづま」は誤り? 「刺身のつま」とも関係が…

 

雷雨のときなどに、空中電気の放電によってひらめく電光を「稲妻」と言うが、「稲」と「妻」と書くため「いなづま」かと思って国語辞典を引くと、見出し語を見つけることはできないであろう。「稲妻」は現代仮名遣いでは「いなずま」と書くのが本則だからである。

 

だが、「稲妻」は本来は「いなづま」と書かれていたのである。雷が稲を実らせるという俗信により、雷光のことを「稲の夫(つま)」の意で呼んだ語らしい。「つま」は「つま(端)」で、本体・中心から見てもう一方の端のものや相対する位置のものの意味である。これが人間関係だと配偶者、すなわち夫や妻となる。ちなみに「刺し身のつま」などと言う「つま」も同語源の語である。

語源意識が残る「いなづま」…現代仮名遣いでも許容?

現代仮名遣いでは「いなずま」と書くことが本則であるが、だからといって伝統的な表記である「いなづま」を認めていないわけではない。

 

1986(昭和61)年に内閣告示された「現代仮名遣い」では、

 

みかづき(三日月) たけづつ(竹筒) たづな(手綱)

 

など、二語の連合によって生じた「づ」「ぢ」についてはその使用を認める一方、以下のように説明している。

 

「次のような語については、現代語の意識では一般に二語に分解しにくいもの等として、それぞれ『じ』『ず』を用いて書くことを本則とし、『せかいぢゅう』『いなづま』のように『ぢ』『づ』を用いて書くこともできるものとする」

 

つまり、語源意識が残っている「いなづま」も許容しているのである。そして、このような語には「いなずま」「せかいじゅう」の他に、「さかずき(杯)」「ときわず」「ほおずき」「みみずく」「うなずく」(以下略)などの語があるとしている。新聞などでは「稲妻」と漢字で書くため、仮名遣いに関しては何の問題もない。だが、辞典の見出しに「いなづま」がないからといって、そう書くことがすぐに間違いだということにはならないのである。

 

なお「稲妻」の同義語に「稲光(いなびかり)」がある。この語も「稲妻」と同様に古くから用いられていた。平安中期の漢和辞書『十巻本和名類聚抄(じっかんぼんわみょうるいじゅしょう)』には「稲妻」は「以奈豆末」、「稲光」は「以奈比加利」と出てくる。

 

「いなずま」「いなびかり」は、現代語では共通語として使われているが、『お国ことばを知る方言の地図帳』(佐藤亮一監修、小学館)所収の「いなずま」の分布地図を見ると、「いなずま」の分布は関東や東北地方をはじめ広範囲に及んでいるのに対して、「いなびかり」の分布は主に近畿・中国・四国地方であることがわかる。千葉県出身の私は「いなずま」派であり、平仮名で書くときは「いなづま」と書くこともある。

 

□揺れる読み方

 

凡例の読み方はこちら

さらに悩ましい国語辞典

さらに悩ましい国語辞典

神永 曉

時事通信出版局

朝日、読売、クロワッサン、各地方紙が絶賛! 新聞各紙コラムに引用された「悩ましい国語辞典」(5刷)の第2弾! 日本最大の辞書「日本国語大辞典」編集者はまだまだ悩んでいる! 言葉の謎はさらに深まる! そんたく…

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