今回は、「いきもつかせず【息もつかせず】」を解説します。※本連載は、元小学館辞典編集部編集長で、辞書編集者として多数の辞書作りに携わってきた神永曉氏の著書、『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、変化し続ける「ことばの深さ」をお伝えします。

「つかせず」か「つがせず」か…清濁の違いで別の語に

いきもつかせず【息もつかせず】〔連語〕

 

一字の違いは、息をするのか整えるかの違い

 

息をする間も与えずに、続けざまであったり素早かったりすることを、「息もつかせず」ということばで表現することがある。「息もつかせぬ早業を見せる」のように。だが、この「息もつかせず」を、「息もつがせず」と言っているかたもいらっしゃるかもしれない。

 

「つかせず」と「つがせず」、一字違うだけのようだが、これは「か」と「が」の清音濁音の違いだけではない。「つく(吐く)」と「つぐ(継ぐ)」という別の語なのである。「つく(吐く)」は、「息をつく」の形で、大きく呼吸する、ためていた息を吐き出す意味である。

室町前期からともに確認されていた「吐く」と「継ぐ」

「息をつく」という言い方の用例は、『日本国語大辞典(日国)』によれば、室町前期から確認できる(世阿弥の能の理論書『花鏡』)。この「息をつく」を「息もつかせず」と否定形で言うのだから、息を吐き出させる機会を与えないほどのという意味になるであろう。

 

一方の「つぐ(継ぐ)」だが、これはなくなったものを補うといった意味から、「息を継ぐ」の形で、呼吸をする、呼吸を整えるという意味になる。この言い方の用例も、『日国』では室町前期に成立した『太平記』から引用している。以下のような例である。

 

「楠五百余騎を率して、俄(にわか)に湯浅が城へ押寄て、息をも継(つが)せず責戦(せめたたか)ふ」(筆者注…一部読みやすくした)

 

この例などは、呼吸を整える間も与えずという意味の最も古い例と言ってもいいかもしれない。用例文中の「楠」とはもちろん楠正成のことである。

 

現行の国語辞典では、この「息もつかせず」「息をつがせず」を見出し語として立てているものはあまり多くはない。しかも見出し語になっていたとしても、それは「息もつかせず」の方だけである。ともに古くから使われていた言い方なので、どちらか一方が言い誤りということは考えられない。「息もつがせず」の扱いが辞典ではいささか冷たい点が気になるところではあるが、両方とも使ってよいと考えるべきであろう。

 

□揺れる読み方

 

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