今回は、ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件の判例を見ていきます。※本連載は、堀下社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の堀下和紀氏、穴井りゅうじ社会保険労務士事務所所長で社会保険労務士の穴井隆二氏、ブレイス法律事務所所長で弁護士の渡邊直貴氏、神戸三田法律事務所所長で弁護士の兵頭尚氏の共著、『労務管理は負け裁判に学べ!』(労働新聞社)より一部を抜粋し、会社側が負けた労働判例をもとに労務管理のポイントを見ていきます。
合意がないのに「賃金基本月額」を減額
<判例>
ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件
(札幌高裁平成24年10月19日判決、労判1031・81)
<負け裁判の概要>
1.当事者等
(1) W社は、北海道の洞爺湖近くで「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」(以下、「本件ホテル」という)を経営する会社であり、Xは、本件ホテルで料理人またはパティシエとして就労していたW社の社員である。
(2) 本件は、Xが、W社に対し、①賃金減額の合意がないのに賃金基本月額を減額されたと主張して賃金基本月額の未払分とともに、②時間外賃金の支払いを求めた事案である。
本件の主たる争点は、①に関して賃金減額に関する合意の存否と②に関して職務手当受給合意の解釈(W社は95時間分の固定残業手当であると主張している)である。
長時間残業をさせながら、一方的に賃金の切り下げを…
2.事実経過
(1) 平成19年4月の口頭提案
W社は、平成19 年4月、Xに対し、賃金年額を624万2300 円(月額52万191円、それ以外に手当も賞与もなし)から500万円に減額したい旨の提案をした。
その席上で、Xに対し、賃金月額を37万9200円とする代わりに賞与を支給するとの話がされたが、37万9200円の内訳である基本給と職務手当の金額や、それらの賃金がどういう性質のものとして支払われるのかといった点に関して具体的な説明はされなかった。
これに対して、Xは、具体的な金額等について尋ねたりはせず、W社の提案を同意するか拒絶するか、態度を明確にはせず、「ああ分かりました」などと応答した。賃金を年額で124万余円減額するとのW社の提案に納得していなかったが、賃金のことで事を荒立てたくなかったからである。
(2) 平成20年4月の労働条件確認書
平成19年6月25日以降、基本給を22万4800円、職務手当を15万4400円とする賃金が支払われるようになったが、Xは、賃金減額が不当である旨の抗議等はせず、特に文句もいわずに、W社から支払われる賃金を受領していた。そのような折り、平成20年4月、Xは、W社から、労働条件確認書に署名押印するよう求められた。
この書面には、Xに支給する賃金として、「基本給22万4800円」、「職務手当(割増賃金)15万4400円」のほか、年2回の賞与が記載されているが、本件職務手当が何時間の時間外労働の対価であるかは記載されていなかった。
Xは、平成20年4月29日、この書面に署名押印し、W社に提出した。
(3) 平成21年4月10日の退職
Xは、平成21年2月19日、W社から、基本給をさらに減額して18万6000円にするとともに、本件職務手当を7万4700円に減額する旨の説明を受けた。
Xは、長時間残業をさせておきながら残業代も支払わず、一方的に賃金を切り下げようとするW社の労務管理のあり方に強い反発を覚えたことから、同年4月10日をもって退職した。
3.本件訴訟に至る経緯
Xは、退職後、平成21年6月19日付通知書により、W社に対し、時間外賃金の支払いを求めた。
その後、Xは、平成21年12月16日に労働審判の申立てをし、この申立てにおいて、賃金減額の合意がないのにW社は賃金基本月額を減額したと主張し、時間外賃金以外に賃金基本月額の未払分の支払いも求めるに至った。
堀下社会保険労務士事務所 所長
社会保険労務士
1971年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。
明治安田生命保険(相)、エッカ石油(株)経営情報室長を経て現職。事前法務で企業防衛を中小企業・大企業に提供し、9年間の社会保険労務士業務において顧問先約250社。指導した企業は1000社を超える。自らもエナジャイズコンサルティング(株)代表取締役、社会保険労務士事務所所長として職員15名を抱え、経営者視点の課題解決法を提供する。講演会多数。
<著書>
『なぜあなたの会社の社員はやる気がないのか?―社員のやる気をUPさせる労務管理の基礎のキソ』 日本法令
『織田社労士・羽柴社労士・徳川弁護士が教える労働トラブル対応55の秘策』 日本法令
『三国志英雄が解決!問題社員ぶった切り四十八手』 日本法令
著者プロフィール詳細
連載記事一覧
連載労働トラブルの敗訴判例から学ぶ「労務管理」のポイント
穴井りゅうじ社会保険労務士事務所 所長
社会保険労務士
1972年生まれ。熊本学園大学経済学部卒業。
(株)地域経済センターにて経済記者として多くの経営者に出会い、経営的観点の労働問題の解決策を発見する。弁護士、弁理士、公認会計士、司法書士、税理士など、多くの専門家と幅広い人脈を持ち、経営者の多種多様な問題にも対応している。現在は、労務問題解決コンサルタントとして120社越のクライアント支援に取り組む。また、実践的と評価の高いセミナーなど、自社および経済団体などで年間30回以上行う。
<著書>
『織田社労士・羽柴社労士・徳川弁護士が教える労働トラブル対応55の秘策』日本法令
『三国志英雄が解決!問題社員ぶった切り四十八手』 日本法令
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連載労働トラブルの敗訴判例から学ぶ「労務管理」のポイント
ブレイス法律事務所 所長
弁護士
1997年生まれ。大阪府大手前高校、京都大学法学部卒業。弁護士であるほか、税理士資格、メンタルヘルスマネジメントⅠ種を取得。中小企業の法的支援に精力的に取り組み、特に税務を見据えた法的サービス、問題社員対策、メンタルヘルス対策などに定評がある。
<著書>
『織田社労士・羽柴社労士・徳川弁護士が教える労働トラブル対応55の秘策 』日本法令
『三国志英雄が解決!問題社員ぶった切り四十八手』日本法令
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連載労働トラブルの敗訴判例から学ぶ「労務管理」のポイント
神戸三田法律事務所 所長
弁護士
1971年生まれ。私立明星高校、慶応義塾大学総合政策学部卒業。大阪にて弁護士登録後、兵庫県丹波市のひまわり基金法律事務所に所長として2年間赴任し、弁護士過疎問題の解消に取り組む。現在は、下請かけこみ寺(財団法人全国中小企業取引振興協会主催)の相談員、兵庫県三田市商工会専門相談員などを行い、中小企業の法的支援に精力的に取り組んでいる。
<著書>
『織田社労士・羽柴社労士・徳川弁護士が教える労働トラブル対応55の秘策』日本法令
『三国志英雄が解決!問題社員ぶった切り四十八手』日本法令
著者プロフィール詳細
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