前回は、普通の不動産が「ワケアリ物件」になってしまう理由を説明しました。今回は、自社ビルを売却する際の社内トラブル等を回避する方法を見ていきます。

廃業等の場合、従業員や取引先に気づかれないよう配慮

自社ビルの売却を実践する上でもっとも大きな難点は「会社が営業している中で商談を進めなければならない」ことです。売却に必要な境界の確認や測量などを行う際、従業員や取引先が廃業の予定に気づくことがあるため、情報管理に配慮する必要があります。

 

多くの場合、自社ビルは会社の持ち物です。株式会社の場合、経営者が株式のすべてを保有していれば問題ありませんが、相続などで兄弟姉妹などに株が分散しているケースでは売却の決断を一人で下すことができません。株主たちに相談して決めることになるため、方針をまとめるのは大変です。

 

兄弟姉妹が反対するときには、経営者の立場を理解してもらうため「役員になって一緒に個人保証してくれるなら、会社を存続させてもいい」などの考えを示すのも有効です。

 

赤字が続く会社の債務について個人保証をすれば、会社の負債が膨らむごとに個人としての生活が脅かされます。その不安を自身のこととして想像してもらえたら、兄弟姉妹にも自社ビル売却の必要性が理解しやすくなるはずです。

 

困るのは経営者を含めた株主が高齢になっているケースです。認知症になっていれば意思確認のために後見人を立てる必要がありますし、手続き中に亡くなれば株式の相続をしてから再度手続きを進めることになるなど時間と手間が倍増します。

 

出口戦略を考えるなら、まず株式を相続する時点から廃業する際のことを意識して、株式を経営者に集中させるなどの工夫が欠かせません。

従業員との解雇協議は自ら行わず、新たな社労士に依頼

経営者は自身の生活だけでなく、従業員の生活についても責任を負っています。中小企業では社員数が少ないがゆえに深い付き合いをしているケースも多々見られます。若くして入社した社員が結婚をして家庭を持ち、一家を支える大黒柱となる過程を応援してきた経営者もいるでしょう。

 

また、仕事においては同じ目標に向け頑張ってきた仲間でもあります。単に雇用契約で結ばれただけの関係ではなく、家族同然の絆で結ばれている経営者と従業員は決して珍しい存在ではありません。

 

事業用不動産の売却の場合、そんな大切な従業員が職を失う可能性が高まります。赤字であっても事業が継続していればどうにか給料を支給できますが、事業自体がなくなってしまえば従業員は失業します。

 

年齢的に若い従業員、あるいは資格や専門的な技術を持っている従業員は再就職ができるかもしれませんが、40代、50代の従業員や、特別な資格や技術を持たない従業員が新たな職に就くのは困難でしょう。

 

彼らの生活を守ることは経営者の責務であり、廃業によってそれを放棄できないというのが多くの経営者に共通する考えです。従業員に対する責任感があるため、やめたくてもやめる決心がつかないのです。

 

従業員からしても、事業用の不動産が売却されて廃業となれば仕事を失ってしまいますから、古参社員などはさまざまな理由をつけて反対することが予想されます。

 

しかし、そうした話を経営者は聞く必要はありません。どうしても不動産売却に反対するというのであれば、先ほどと同様、「一緒に個人保証をしてくれますか?」と訊ねてみるといいでしょう。ほとんどの社員は自分がリスクを背負うとなれば考えが変わります。経営者が不動産を売るしかないと考えたなら、従業員に対するしがらみは断ち切るべきです。

 

ただし、廃業するにあたっては労働法規に定められた解雇手続きを守らねばなりません。従業員と経営者は労働契約により結ばれていますが、廃業すると契約が消滅し解雇することになります。

 

従業員を解雇する際に遵守すべき手順については労働契約法に定めがあり、経営者は「説明・協議」の義務を負うと規定されています。一方的に解雇を宣告するような対応をとると同法違反とみなされることがあるため、従業員が納得できる形で協議を完結することが大切です。

 

その際の協議において一番の焦点となるのは従業員に対する未払い賃金や退職金の支払いです。これらは従業員の「労働債権」として、他の債権と比べても高い優先権が保障されているため、取引先や金融機関への支払いに先立って清算することができます。

 

しかしながら、廃業する事業に「労働債権」を完済するだけの資金が残っているケースはあまり多くありません。その場合には従業員の生活が成り立つよう配慮しながら、交渉により双方が納得できる落としどころを探すことになります。

 

廃業後の生活不安から、社員の中には交渉時に怒りをあらわにする人も少なくありません。感情的なやりとりに発展すると時間を浪費するばかりなので、社員対応は専門の社会保険労務士に一任するのが賢明です。経営者自身が矢面に立たず、第三者を仲介させることにより社員側も冷静な話し合いに応じてくれます。

 

なお、前述の通り社会保険労務士は新しい人に依頼すべきです。社員に対する思い入れがないため、法に従って粛々と解雇の手続きを進めやすくなります。

 

この話は次回に続きます。

本連載は、2016年8月16日刊行の書籍『経営者のための事業用不動産「超高値」売却術』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

経営者のための 事業用不動産「超高値」売却術

経営者のための 事業用不動産「超高値」売却術

大澤 義幸

幻冬舎メディアコンサルティング

事業が悪化し経営苦に陥った中小企業経営者の切り札「不動産売却」。できるだけ高値で売却して多額の負債を返済したいと考えながらも、実際は買手の〝言い値″で手放せざるを得ないケースが多い。しかし、売れないと思っていた…

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