かけだし信金マン・和久井健太の活躍を通して「お金の増やし方」を学ぶ本連載。今回は、その第12回です。※本連載は、銀行の元支店長で現在は実業家として活躍する菅井敏之氏の著書、『読むだけでお金の増やし方が身につく 京都かけだし信金マンの事件簿』(アスコム)の中から一部を抜粋し、お金の増やし方について、かけだし信金マン・和久井健太の活躍を通して見ていきましょう。

<登場人物紹介>

・和久井健太(わくい・けんた)
京都にある洛中信用金庫に就職。入社三年目を迎え、北大路支店の営業部に配属されるも、引っ込み思案がわざわいして、苦戦。最近自分がこの仕事に向いているのか悩んでいる。

 

「ほかにやりたいことないの?」

 

「ほんまはこれでも歌手なんよ、私」

 

「歌手?」

 

謎の男と和久井が声を合わせて尋ねた。

 

「ジャズ歌ってんの。でも、それやと食べていけへんから」

 

和久井は日本のジャズ歌手の名前を思い浮かべようとしたが、ひとりも名前を挙げられなかった。日本でジャズを歌って生活する、それはイランで津軽三味線を弾いて投げ銭で暮らす、ノルウェーで風鈴の工房を営む、そんなこころもとないイメージだ。

 

「まあ、そりゃあねえ」

 

顔を曇らせて中年のオヤジが言った。

 

「旦那さんはどうしてるの?」

 

和久井に家族構成を訊けと言うだけあって、オヤジはずけずけと家庭の事情に立ち入っていく。

 

「それがねえ、聞いてくれはる?」と言って、女主人は椅子を引いて座った。

「お姉さん、やっぱりジャズ歌ったほうがいいよ」

店の人間が客と同席する格好になった。和久井はなんでこうなるのよと思ったが、席を立てないでいる。

 

「主人は税理士で、個人事務所を開いてますねん」

 

「ほお」と男はコーヒーをまた一口飲んだ。ぬるかろうがマズかろうが、それは俺のコーヒーだぞ、と思った。しかし、それを口に出せないのが和久井である。

 

「秘書の女とデキて、揚げ句の果てに別れてくれやて」

 

「ほお、それは気の毒だな。その女は若いの?」

 

「若いゆうたら若いけど。でも若いだけやん。別嬪さんってわけでもないのに」

 

「へへへ」

 

男は同意するでもなく否定するでもない、妙な笑い声を出した。

 

「でも、敵は最初から狙ってたんやと思うわ。それやのに、まんまとやられてしもて、若けりゃええのんかって言いたいわ、このボケが」

 

「そりゃそうだ。ジャズを歌う女の色香がわからんのかってね」

 

男は混ぜっ返した。

 

これは時間の無駄だと思い、和久井は伝票をつかんで腰を浮かした。

 

この時、オヤジの手が和久井の肩にすっと伸び、和久井は強烈な力で椅子に押さえつけられた。

 

なんだ、これは? ここにいろってことか?

 

「じゃあ離婚は旦那が言い出したんだな。だったら、いくらか渡してくれただろう、その金でこの店を?」

 

「まあ、向こうも悪いとは思てるみたいやったから、いくらかまとまったものは残してくれたんやけど、それで一生食べていくと思うと心細いし、なんかせんとと思てここを・・・。けど、やっぱり向いてないんやろか」

 

向いてない! 心の中で和久井は叫んだ。

 

「そうだな、お姉さん、やっぱりジャズ歌ったほうがいいよ」

 

「そう言わはるけど、あの世界もそんなに甘いもんやないし」

 

「まあ、そうかもな。けど、まだ少し残ってるだろう?」

 

「何がですの?」

 

「お金、旦那がくれた」

 

ひょっとしてこいつは詐欺師じゃないか、と和久井は疑った。

 

「ええ、少しは」

 

「いくらなの? お姉さん」

 

「二千万ほど」

 

お姉さんって言葉で、つい口が滑ったな、と和久井は心配になった。

 

「それは箪笥で眠らせてるのかい?」

 

「いえ、少しでも増やそうと思て、投資信託を考えてるんやけど」

 

「それは危ないなあ」

 

「なんで? 長期で分散投資するんやったらまず間違いなく儲かります、て言うてくれてはるけど」

 

「どこの銀行?」

 

「葵銀行。一流やで」

 

「お姉さん、リーマン・ショックってのはね、超一流銀行がまず間違いなく儲かるって売りつけた金融商品がパーになって起きたんですよ」

 

女主人は顔をしかめた。

 

「……いややわあ。そんな物騒なこと言わんといて」

 

「物騒なことはね、物騒なことが起こる前に言わないと意味ないの」

 

「そら、そうかもしれへんけど。でも、そうなったらほんまに困るわ」

 

「俺もお姉さんが困るのを見るのは忍びない」

 

だったら、さっさと店を出ればいいじゃないか、と和久井は思った。

 

「とにかく、投資信託なんてものは、人生あと十年かなってくらいの晩年になってからやればいいのよ」

 

「そうやろか」

 

「そうだよ」

 

「じゃあ、定期預金にとこかな」

 

「なに言ってんの、お姉さん、こんな低金利の時代に、いくらも増えないよ」

 

「そんな暗いことばっかり言わんといて」

 

女主人はむくれたが、お姉さんを連呼されて、ガードが下がっているのは明らかだ。

読むだけで お金の増やし方が身につく 京都かけだし信金マンの事件簿

読むだけで お金の増やし方が身につく 京都かけだし信金マンの事件簿

菅井 敏之

アスコム

長年の取引先を次々と失う洛中信用金庫。メガバンクの巧妙な罠にはまり、貸し剥がしにあう老舗商店――。人々の夢と希望と「お金」を奪うメガバンクの策謀がうずまく京都の町を、かけだし信金マン・和久井健太が駆け巡る! 読…

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