かけだし信金マン・和久井健太の活躍を通して「お金の増やし方」を学ぶ本連載。今回は、その第21回です。※本連載は、銀行の元支店長で現在は実業家として活躍する菅井敏之氏の著書、『読むだけでお金の増やし方が身につく 京都かけだし信金マンの事件簿』(アスコム)の中から一部を抜粋し、お金の増やし方について、かけだし信金マン・和久井健太の活躍を通して見ていきましょう。

<登場人物紹介>

・和久井健太(わくい・けんた)
京都にある洛中信用金庫に就職。入社三年目を迎え、北大路支店の営業部に配属されるも、引っ込み思案がわざわいして、苦戦。最近自分がこの仕事に向いているのか悩んでいる。

・桜四十郎(さくら・しじゅうろう)
偶然入った喫茶店で出会った職業、住所、年齢ともに不定の謎の中年男性。なぜか金融関連の事情に詳しく、和久井にいろいろとアドバイスをするように。

 

「こんなあばら家ですが、くつろいでください」

 

わかば寮に桜さんを案内した和久井は、共同台所のテーブルの席を勧めた。

 

「俺んちに比べりゃ宮殿だ」

 

桜さんは笑いながら腰を下ろした。そりゃそうだろう。いくらぼろ家でも、段ボールハウスと一緒にされたらたまらない。

 

桜さんは、歴代の住人の煙草の脂や油がべっとりと染み込んだ台所の壁を見て、

 

「まあ確かに、焼き肉の匂いなんか気にする必要はないみたいだな」とまた笑った。

 

和久井はスーパーで買ってきたキムチを小鉢に盛って突き出しとして出すと、ずっと前に王将の餃子を持ち帰ったときに付けてもらった割り箸を添えた。そして冷蔵庫から缶ビールを出した。

 

「缶のままでいいですよね」

 

「もちろん」

 

割り箸をぱちんと割って桜さんが答えた。

 

「それにしても、独身寮なのにいやに静かだな」

 

和久井が、このわかば寮にいるのは自分ともうひとり先輩だけなんだと説明すると、

 

「じゃあ、そいつにも交じってもらって一緒に食えばいいじゃないか」

 

キムチに箸を伸ばして、桜さんが提案した。

 

いや実は、と和久井は言いよどんだ。

 

「病気なんですよ」

 

「何の?」

 

「鬱病を患って、休職しているんです」

 

「そりゃいかんな。いまも?」

 

桜さんの表情から豪放磊落な気配が消えて、神妙な面持ちになった。

 

「ええ、ずっと部屋で寝てるんです」

 

「でも、一応、声かけてやれよ」

 

「それは無理ですよ」

 

「まあ、一応さ。さぁ、行ってこい」

 

そう尻を叩かれ送り出されたので、和久井は階段をギシギシ軋ませながら二階へ上がった。

 

「目黒先輩、知り合いが来てるんですが、一緒に焼き肉食いませんか」

 

部屋の前に立って、ノックをしてからそう声をかけてみたが、案の定返事はない。

 

台所に戻ると、桜さんはカセットコンロに網をかけ、カルビを焼きはじめていた。

 

「どうだった?」

 

和久井は首を振った。

 

「かわいそうにな、まじめな奴なんだろう。じゃあ、申し訳ないけど俺たちだけでやるか」

 

桜さんは缶ビールのプルリングをプシュッと抜いた。これに倣って和久井もプシュッとやった。

「それはな、住菱の担当者が顔出してないってことだ」

「どうだ、佃煮屋のほうには顔出してるか」

 

網の上のカルビを裏返しながら、桜さんが訊いた。

 

はい、と答えつつ、和久井は思い出した。こだま屋の件では、桜さんの予想は見事に外れたのだ。

 

「ご主人、なんか言ってないか」

 

「言ってます。嫌味を」

 

「はは、口利いてくれるだけいいじゃないか」

 

「それはハードル下げすぎですよ」

 

「じっくり上げていきゃあいいんだよ。うん、このカルビなかなかいけるな」

 

「とにかく、うちともう一回取引してくれるって兆しは、いまのところゼロですね」

 

「当たり前だ、そんなに簡単にいくか。――もう一本ビールもらうぞ」

 

「どうぞ。でも、忙しいのに時間をやりくりして顔出して、嫌味だけもらって帰ってくるのって結構きついですよ」

 

「どんな嫌味だ?」

 

「あんさん、そないにうちと取引したいんやったら住菱銀行に転職しはったらどないでっしゃろ」

 

こだま屋の旦那の口真似をして、和久井は言った。

 

桜さんは、京都の商人はきついなー、と笑っていたが、ふと真顔になって、

 

「それはいい兆候かもよ」と言った。

 

「いや、よくないです」

 

「なんで」

 

「僕、住菱銀行落ちたんですよ」

 

あはは、と桜さんはまた笑った。

 

「でも俺の見立てじゃ、それはな、住菱の担当者が顔出してないってことだ」

 

「え」

 

「これだけ金利下げてやりゃあ大丈夫だって、高くくってるんだよ」

 

まさか、と思った。

 

「ところが、京都の商人はんは気位が高いからな。そういう、人を甘く見る態度は禁物だ。お前の前任者はよく通ってたんだろ?」

 

「ええ、仁科さんはとにかくマメに顔を出すので有名でしたから。もう亡くなったんですが、奥さんの誕生日まで覚えてたそうです」

 

「じゃあ、その差は明白だろうな。ひょっとすれば、ひょっとするぜ」

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