前回は、「技術とアイデア」によって支えられた小さな工場の成功事例を紹介しました。今回は、高度成長期、先代経営者を失った地方の小さな塗料メーカーの経営改革について見ていきます。

ユーザーへのサービス、販売網の強化を実施

業績が好調になりかけた1964年(昭和39年)、創業者重治は病に倒れ、ついに復活することなく他界してしまいます。この年に開かれる東京五輪の華やかな開会式も見ることなく。

 

2代目を継いだ私の父、克敏は、23歳の若さで大学を中退して家業に専念しました。この時は「2人の妹を嫁に出すまで」の覚悟で、慣れない社業にあたったと聞いています。

 

克敏はこの時、大きな組織改革を行っています。

 

研究開発から営業販売まで、何もかも一人でやっていた先代の真似などできるはずがないと、社員全員による経営を目指しました。また、かねてより念願だった東京連絡所を渋谷に開設。東北地方のストーブユーザーへのサービスと販売網強化にあたりました。その後、自動車産業を主なユーザーとする名古屋連絡所、弱電器産業を主なユーザーとする大阪連絡所を設けました。

 

時代はまさに高度成長期に突入し、新しい経営者を迎え、時代の風を大きく受けて、新たな疾走を開始したのです。

塗料の「機能」に着目し、多くの商品が誕生

私の会社の最初の看板商品は、シリコーン樹脂を使った「耐熱塗料」です。時代の進展とともにあらゆる商品の高品質化、高付加価値化に伴って、さらなる特殊機能が求められるようになりました。

 

父の時代には塗料の「機能」により着目し、次々と新しい商品を世に送り出していきました。それらを「機能性耐熱塗料」と呼び、機能分野ごとに整理体系化していきました。

本連載は、2016年10月14日刊行の書籍『世界トップシェアを勝ち取った田舎の小さな工場の奇跡』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

世界トップシェアを勝ち取った 田舎の小さな工場の奇跡

世界トップシェアを勝ち取った 田舎の小さな工場の奇跡

山中 重治

幻冬舎メディアコンサルティング

日本の製造業は成熟期を迎え、国内市場は縮小しています。大手メーカーは海外に市場を求め、海外での現地生産を加速していますが、海外に拠点を持たない国内の中小企業は、生き残りをかけた熾烈な競争を余儀なくされています。…

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