京都・東寺の「骨董市」を中心に出回ったニセモノ
私たちは、日常生活のなかで、お金目当ての「食品偽装」「ニセブランド」など、他人を騙すための「ニセモノ」の話題には事欠かない。
ここで取り上げる安南陶器とは、ベトナムの陶磁器の総称である。安南青磁や安南染付(青花磁器)などがあり、東南アジアをはじめとして各地に輸出された。日本には十六世紀後半から十七世紀前半を中心に渡来して、茶道具として用いられた。
この安南陶器のニセモノが、一九八〇年代から九〇年代はじめにかけて、京都の東寺の弘法さんの縁日の骨董市を中心に出回った。
弘法さんの縁日とは、東寺で祖師弘法大師空海入寂の三月二一日を期して、毎月二一日に御影堂で行われる御影供のことを指す。大皿が三~五万円、酒海壺や長頸壺が八~一二万円で売られていた。市場相場の二〇~三〇分の一の価格だ。
「自分には鑑定眼がある」・・・自信のある人ほど騙される!?
業者の騙しのテクニックはこうだ。「これらはベトナムで仕入れたものではなく、実はミャンマーから直接買い付けた品である」と言い、ビデオを見せる。ビデオには現地の人々が発掘している風景が映っており、そこで発掘している安南陶器と同じものが、まさに目の前に陳列されている。
「彼らは、ミャンマーのカチン族である。カチン族はミャンマーの北東部に住む民族で、独立のためミャンマー政府と戦っている。そのために武器購入の資金が必要で、こうやってパゴダに副葬された安南陶器を発掘し、売りさばいて資金源にしているのだ」(パゴダは仏塔であり、普通死者を埋葬したりはしない)。
「一般の日本人は、カチン族の住む地域には入れない。私はかつてミャンマーで商売をし、ある事件がきっかけで彼らの信頼を得た。他人には不可能な特別ルートをもっている。そのため、安く仕入れることが可能なのだ」。
このあたりで、たいていの人は騙されるのである。
その後一九九〇年代半ばになると、さすがにニセモノだと気づく人が出てきて、新聞記者がこの事件を記事にした。業者は雲隠れし、その後の消息は不明である。
ホンモノを見つけ出す鑑定眼があるという自信をもった客を釣り、カチン族の物語つきのビデオを見せて信じ込ませる。ニセモノ事件には、売った方には金儲けという欲望が、買った方には自分にはホンモノを見分ける才能があるという自惚れがつきまとう。
弘法大師空海は言う。「欲望に感謝を加えれば愛が生まれる。欲望に愛を加えれば貢献が生まれる」。安南陶器ニセモノ事件とは、弘法様の目の前で繰り広げられた、愛も貢献も生まれない事件だった。