前回は、「民主的」プロセスをアピールした、中国当局の思惑について取り上げました。今回は、表面的には引き下げとなっている成長率目標に関して、中国当局の真意などを探ります。

成長率6.5%は下限値と認識されている

最大の注目点だった2017年の実質経済成長率目標(預期目標)は、市場等の大方の予想通り6.5%前後(左右)とされた(図表1)。16年目標が6.5〜7%程度であったため、多くのメディアや専門家が「このところ成長率実績が減速しているので、目標を引き下げざるを得なかった」とのニュアンスで報じた。しかし、必ずしもそうとは言い切れない側面がある。以下、目標の言いぶりが変更された背後にあるロジックを検討してみたい。

 

[図表1]成長率目標と実績

(出所)中国国家統計局、各年政府工作報告より筆者作成
(出所)中国国家統計局、各年政府工作報告より筆者作成

 

第1に、報告では、成長率の目標値への言及に続き、例年には見られない「実際の活動の中でより良好な結果を獲得することを目指す(争取)」との文言がわざわざ挿入された。つまり、6.5%は明らかに中心値(中枢)ではなく、下限値(底線)として認識されている。そうであれば、実質的に昨年目標6.5〜7%とあまり違いはない(なお地方政府について見ると、例えば「〇〇%〜××%」を「○○%以上」とするなど、表現の微妙な変更が多く一概に言い難いが、31省市区で明示的に目標を引き下げていると判断できるのは、江蘇、天津、湖北、湖南、山西の5省市のみ、図表2)。

 

[図表2]省市区別成長率目報、2017年第1四半期実績

(出所)中国地元各紙より筆者作成
(出所)中国地元各紙より筆者作成

 

この関連で都市部新規雇用創出目標が過去3年間続いた1千万人から1100万人に引き上げられた点も無視できない(図表3)。海外メディアは雇用目標も16年の実績1314万人から大きく引き下げられたとしているが、目標ベースでは引き上げだ。社会安定のため十分な雇用を創出する成長が必須との当局の姿勢は不変である。

 

もちろん、目標引き上げの背後には、①経済規模自体が大きくなっており、1%の成長で創出される付加価値は以前よりはるかに大きく、したがってそれによって創出される雇用が以前より増加していること、また、②近年、実績が目標を常に大きく超えていることから、6.5%程度の成長でも十分1100万人の雇用創出は可能との判断がある(17年1〜4月の新規雇用創出実績は465万人、すでに目標の42.3%を達成)。

 

[図表3]都市部新規雇用創出

(出所)中国国家統計局、人民網
(出所)中国国家統計局、人民網

 

 

第2に、グローバル金融危機の後、2009〜16年、段階的に成長率目標は引き下げられてきたが(いわゆる「保八」、8%成長を死守するという政策の終焉)、これは明らかに実際の成長率鈍化に合わせ、受動的に目標が引き下げられてきたものだ。しかし、16年は目標を達成し、特に年後半からは景気が上向く兆しも見られた(16年第1〜3四半期が6.7%成長、第4四半期6.8%、17年第1四半期6.9%、31省市区別に見ると、全国成長率6.9%を上回った地区は22、また各々の年目標率を達成した地区は23)。

 

仮に「目標引き下げ」としても、それはこれまでと異なり、当局による能動的な引き下げだと言うべきだ。かつて11年頃まで常に目標が控えめに設定され、実績が目標をはるかに超えて、当局が超過達成を誇示するという状況が続いていたが、中国当局は17年、類似のパターンを想定しているのかもしれない。

政治的な意味合いも無視できない成長率目標の設定

第3に、「目標引き下げ」で構造改革を進めやすくなったと肯定的に評価する声が内外で多く見られる。しかし上述第1の点に加え、当局は近年、「新常態」下の中国経済はL字型の成長パターンだと強調するようになっている。6.5%成長が下限と認識されているとすると、17年がこのL字の屈折点となり、中期的にもしばらく6.5%目標が維持される可能性が出てきた。

 

もちろん、成長率と構造改革の進捗は必ずしも二者択一的に捉えるべきものではないが、6.5%前後の目標が維持される中で、実際にはそれ以上の成長が目指されていくとなると、当面、目標成長率を実現させるという圧力と構造改革進捗との関係は、これまでとさほど変わらないことになる。このところ、7%前後の成長を確保する中で、構造改革はなかなか思うように進んでこなかったという現実を無視できない。

 

最後に、「より良好な結果を目指す」との文言は、明らかに、成長率目標について、中国指導部内で相当な意見の対立があったことを窺わせるものだ。構造改革推進派は16年目標にあった「7%」という数値への言及を止め、目標を引き下げたことを内外に示したい一方、成長率重視派はそうした印象を内外に与えることに抵抗、その妥協が図られたということではないか。

 

どちらがどちらの派なのか必ずしも明らかでないが、この対立の中心に、「核心」たる習近平国家主席と、経済政策担当の李克強首相が存在することは容易に想像できる。中国において、成長率目標がどう言及されるかは単なる経済問題ではなく、その政治的意味合いは大きい。

 

 

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