債務超過の状態のため、相続放棄の申告を行ったが…
相続に関する判断の中には、法律の条文だけではどちらともとれる「グレーゾーン」と見なされる事柄もたくさんあります。そういったケースでは判例に沿って判断が下されるので、代表的な事例をいくつか紹介します。
<事例>
父親の急死を受けて喪主となったAさんは葬儀費用の一部を賄うために、父の死を知った翌日に父親の銀行口座から100万円を引き出しました。父親には多額の負債があり、債務超過の状態だったため、その後相続放棄の申告を行おうとしたところ、Aさんの行為を知った債権者から「父親の財産を引き出して使ったのだから、相続放棄は認められない」と言われてしまいました。
相子 よくありそうなケースですよね。お父様の預金を引き出したといっても、葬儀費用に使っただけだから、問題ないと思うんですけど・・・。
北井 ところが債権者の言うことにも一理あるんです。民法921条には「相続財産の全部または一部を処分した」場合は相続放棄できないという取り決めがあるので、そのまま解釈すればAさんは相続放棄できず、借金を支払う義務を背負うことになります。問題となるのはこのケースみたいに、「葬儀費用」に使用目的が限定されている預金の引き出しでも「財産の処分」と見なすのかどうか、という点です。
相子 裁判ではどう判断されているんですか?
北井 大阪高裁や東京高裁など複数の判例で、「不自然でない金額の葬儀費用を預金から引き出すのは財産の処分にあたらない」とされています。相続放棄は可能という判断が下されているんです。
文字が書けない…添え手を受けて書いた遺言書は有効?
<事例>
脳卒中を患ったBさんは相続のことが心配になり、遺言書を書きました。ところが脳障害のせいで手が震え判読可能な文字が書けません。やむなく妻に手を添えてもらって「自筆証書遺言」を書き残したのですが、相続開始の時点で相続人の1人から「手を添えて書いた遺言書は無効だ」という異議の申し立てがありました。
北井 社会の高齢化に伴って今後はこういったケースが増えていくものと思われます。
相子 自筆証書遺言ってパソコンやワープロもダメなんですよね? だったら手を添えるのもダメな気がします。
北井 実は裁判ではOKだったケースとNGだったケースがあり、それぞれ細かな事情で判断すべきとされています。1987年に最高裁が判断したケースでは、遺言者が「自分で遺言書を書けるだけの能力を持っている」「添え手の手伝いは筆記を楽にする程度にとどまっている」「他人の意思は入っていない」などの条件を満たしていれば、「自筆証書遺言」と認めるとされています。
一方、2006年に東京地裁が下した判決では、添え手を受けて遺言を書いた人について「認知症などによりすでに遺言書を遺す意思能力がなかった」と判断されたため、「自筆証書遺言」とは認められませんでした。