今回は、豊かな天然資源に恵まれ、近年の地球温暖化による環境の変化も経済的なプラス要因に働いている、北欧諸国の概況を見ていきます。※本連載は、東洋大学経済学部国際経済学科教授・川野祐司氏の著書、『ヨーロッパ経済とユーロ』(文眞堂)から内容を一部抜粋し、EUの経済にまつわる取り組みからヨーロッパ各国の金融政策デザイン、マイナス金利政策などについて解説します。

電力のほぼ全てを水力で賄うノルウェー

北欧諸国はエネルギー、海洋資源、鉱物資源など豊富な天然資源に恵まれている。ノルウェーでは水力発電、デンマークでは風力発電の割合が高く、アイスランドでは電力の全てを水力と地熱で賄っている。風力は天候の影響を受けるが、水力や地熱は太陽光などと異なり日々の変動が小さく、安定したエネルギーを得られる。温室効果ガスの排出量を削減することもできるうえ、発電のために石炭などの鉱物性燃料を輸入する必要もないため、比較的安価にクリーンなエネルギーを得ることができる。

 

アイスランドでは、豊富な地熱を利用したアルミニウム製錬を強化している。アルミニウムは鉱石を熱で溶かすのではなく、電気分解によって析出させて作り出すため多くの電力が必要となり、電力コストが競争力の要となる。また、地熱を利用して熱水をプラントからレイキャビークなどの都市に送っており、温水や暖房に利用している。ケフラビーク近郊の温水プールのブルーラグーンも近隣の発電所の排熱を利用して温水を供給している。

 

ノルウェーでは電力のほぼ全て(約97%)を水力で賄っており、経済活動にクリーンなエネルギーを利用できる。水力発電が安定したクリーンで資源価格の乱高下に左右されない安価なエネルギーであることを利用して、データセンターの設置を進めている。データセンターは記憶装置を常に動かしているため、冷却に大きなエネルギーを必要とする。ICT企業はノルウェーのデータセンターを利用することで、CO2の排出量を増やさずにデータセンターを設置できる。

 

北欧周辺には漁場が多く、アイスランドではタラやプタスダラ、ノルウェーではサーモンやサバ、フェロー諸島ではタラ、サバ、ニシン、グリーンランドではタラ、オヒョウ、ランプフィッシュなどの魚やエビなどの甲殻類が豊富に採れる。しかし、乱獲や温暖化の影響でノルウェーやグリーンランドではエビ、ニシン、カラフトシシャモなどの減少が見られる(ただし、タラなど増加が見られるものもある※1)。ノルウェー、アイスランド、グリーンランド、フェロー諸島などではEUの共通漁業政策への反発がある。フェロー諸島はEUとの間で漁獲高などについて協議しているものの、EUよりも自国の方がよりよく海洋生物資源を管理できると主張しており、権益の確保を図っている。

 

※1 Norway Derectorate of Fisheries (2016), Economic and biological key figures 2015.

資源採掘、航路確保…温暖化がもたらした意外な恩恵

温暖化により、氷河や永久凍土に阻まれてこれまで採掘ができなかった場所での鉱物の採掘が可能になりつつある。例えば、グリーンランド北東部ではロイヤルダッチシェルや国際石油開発帝石などが拠点を設け、ノルウェーではノバテク(ロシア)、トタル(フランス)、日揮などがプラントを設置しつつある。グリーンランドではルビーが採掘できる可能があり、調査が進められている。北極圏には多くの鉱物資源が眠っていると考えられており、温暖化で北極海の流氷が解けると海底資源採掘の可能性も高まる。

 

冬は船舶の航行ができないが、すでに夏に北極海の流氷が溶ける面積が拡大していることから、期間が限られているがアジアからヨーロッパへの航路が確保されつつある。温暖化が進めば北極航路が使える日数が増え航路の幅も広がっていくだろう。北極航路は南アジアからスエズ運河を経由する経路よりも短く、航行日数やエネルギーを節約できる競争力のある航路として注目を集めつつある。ロシアは大型の砕氷船を配備しつつあり、貨物船などのサポートをする商業的な利用に備えている。

 

21世紀の半ばから後半にかけて北極圏経済が成長し、ハンメルフェスト(ノルウェー)、トロムセ(ノルウェー)、ヌーク、レイキャビークなどでは人口増加が見込まれている※2。広い地域の経済的な権益をロシアが主張しており、国際協調の中心的な役割を担うと見られている。

 

※2 ローレンス・スミス(2012)『2050 年の世界地図』NHK 出版。

北極圏へのかかわりを強化するEU

EUも北極圏へのかかわりを強めようとしており、2016年に北極圏に関するEU統合政策を採択した※3。北極圏の気候変動と安全、持続可能な開発、国際協力の3つの重点分野を設定し、ノルウェーなどとも協力して北極圏の開発を進めていく。

 

※3 European Commission and High Representative of the Union for Foreign Affairs and Security Policy (2016),“ An integrated European Union policy for the Arctic,” JOIN (2016) 21 final.

 

気候変動と安全では、CO2だけでなくCO2の20倍の温室効果があるメタンや1500倍の温室効果があるブラックカーボン(工場、車、薪ストーブなどから排出される煤状の炭素)の低減、生物多様性の確保、食物連鎖における汚染物質や重金属の除去、外来生物への対策などに取り組む。これらの問題に対する研究の必要性は高く、Horizon2020で研究支援を行う。2016-2017年にはすでに4000万ユーロの支出が決まっており、欧州構造投資基金や国際機関との連携も図られる。北極圏は広大であるにもかかわらず陸地が少ないため、地球観測衛星コペルニクスを活用して気象データを集め、将来は衛星ナビゲーションシステム(ガリレオ)を活用した地勢の調査や航行ナビゲーションシステムの提供なども予定されている。

 

持続可能な開発では、環境の保護と矛盾しないように企業の力を強化してビジネス環境を整えることを目指している。北極圏では交通や通信システムの整備が十分ではない。交通についてはTEN-Tにできるだけ広い範囲を含めることで、北欧間だけでなくヨーロッパの他の地域とも接続することを目指している。

 

豊富な天然資源を生かして、洋上風力発電などの再生可能エネルギー開発、エコツーリズム、食糧生産過程での排出削減、水産加工、養殖、バイオテクノロジーなどで研究とイノベーションを進め、低炭素社会を実現しながら、中小企業などを含めた企業の競争力強化を図る。例えば、Innov Finという研究プログラムにはHorizon2020に加えて欧州投資銀行も資金面で参加し、零細企業から大企業まで含めたバリューチェーンの研究を支援している。

 

欧州委員会は、EUに加盟していないノルウェー、アイスランド、グリーンランドの関係機関との連携を図るための会議を2017年より毎年開催する予定である。

 

国際協力では、国連や地域が主導する取り組みにEUも参加して、地域の接続、漁業の管理、科学技術面での協力を進めようとしている。

本連載は、2016年11月1日刊行の書籍『ヨーロッパ経済とユーロ』から抜粋したものです。その後の社会情勢等、最新の内容には対応していない場合もございますので、あらかじめご了承ください。

ヨーロッパ経済とユーロ

ヨーロッパ経済とユーロ

川野 祐司

文眞堂

インダストリー4.0,イギリスのEU離脱問題,移民・難民問題,租税回避,北欧の住宅バブル,ラウンディング,マイナス金利政策,銀行同盟,欧州2020…ヨーロッパの経済問題を丁寧に解説。

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