今回は、オランダの経済状況や、国としての特色を解説します。※本連載は、東洋大学経済学部国際経済学科教授・川野祐司氏の著書、『ヨーロッパ経済とユーロ』(文眞堂)から内容を一部抜粋し、EUの経済にまつわる取り組みからヨーロッパ各国の金融政策デザイン、マイナス金利政策などについて解説します。

農産物の輸出額はアメリカに次ぐ世界第2位

オランダは標高が低い土地が多く、海抜0mやマイナスの所もある。こうした土地からの排水のために風車のエネルギーを利用していた。オランダに風車が多いのは干拓に利用するためである。干拓地のことをポルダーというが、ポルダーはオランダの象徴であるため、オランダの経済モデルをポルダーモデルということもある。

 

オランダの農産物の輸出はアメリカに次ぐ世界第2位である※1。その背景には農業に関するR&Dが活発でイノベーションが進んでいることもある。例えば、テルヌーゼン港で加工された野菜から出る廃棄物をラーラッケルなどのバイオガスプラントで再生エネルギーとして利用したり、野菜や果物の種類に応じて最適な空気穴を持つフィルムを開発したり、リステリア菌などの繁殖を防ぐ技術開発を進めたりしている※2

 

※1 Netherlands Enterprise Agency and Ministry of Foreign Affairs (2016), Holland Compared 2nd edition.

※2 Netherlands Enterprise Agency and Ministry of Foreign Affairs (2015), Made in Holland Agri-Food.

 

マーストリヒト大学のポスト教授の研究グループは牛の細胞を培養して人工牛肉を作り出す技術を開発しており、将来は動物を殺さずに肉を得ることができるようになる。農業にはICTも取り入れられている。

 

ラリーは牛に飼料を与えるシステムや搾乳システムなど牛乳の生産に関するシステム開発の企業である。ラリーのシステムでは、飼料や水の供給や搾乳を自動で行うだけでなく、牛ごとに毎日の水や飼料の摂取量、牛乳の搾乳量や品質などのデータを収集し、スマートフォンなどでグラフ化して確認できる。加えて、それぞれの牛に合わせた最適なタイミングでの搾乳ができるようになっている。

 

このようなシステムにより、人件費などのコストを削減できるだけでなく、できるだけ人を介さないことで衛生面も向上し、牛の体調管理もより効率的にできるようになる。物流や加工業者との接続も向上することで、コスト削減と品質向上を図ることができる。このようなシステムはオランダの農産物の競争力を高めるだけでなく、システムそのものを輸出することもできる。

 

オランダの農産物で最も輸出額が大きいのは花卉である。アールスメール花市場は世界の切り花の半分を扱っているといわれており、年間60億本が取引されている。ここでは価格を引き上げていくのではなく、価格を引き下げていくセリ方式が導入されている。スクリーンに映し出される価格は徐々に下がっていき、最も早く購入ボタンを押したバイヤーが落札する。この方式だと落札までの時間は数秒で済み、大量の花をセリにかけることができる。小規模のフラワーショップもインターネット経由で花を仕入れることができる。午後4時までに注文すると翌日の午前10時までに花を届けるシステムができており、ヨーロッパ8カ国で利用できる。このようなシステムを作り上げるためには、eコマースだけでなく物流などのイノベーションも必要となる。

オランダとベルギーの「経済開放度」が高い理由とは?

オランダは経済開放度が高い。経済開放度とは貿易がGDPに占める割合を指しており、オランダは154.2%とEU平均の83.9%よりも高くEU加盟国中9位となっている。ここでは、2015年の(輸出額+輸入額)/GDPで計算した。ベルギーも167.1%で6位と高い。両国に共通しているのは、国際的な貿易港を有していることである。図表1のように、オランダやベルギーにはヨーロッパ有数の港湾がある。

 

[図表1]ヨーロッパの主な港湾(2013 年、万TEU)

 

(注)TEU は20 フィートコンテナを表す。上位3 港は上海,シンガ
ポール,深圳,東京は28 位。
(出所)日本船主協会(2015)『海運統計要覧2015』。
(注)TEU は20 フィートコンテナを表す。上位3 港は上海、シンガ ポール、深圳、東京は28 位。 (出所)日本船主協会(2015)『海運統計要覧2015』。
 

 

これらの港では、大型のコンテナ船でアメリカなどから入ってきた荷物を小型の船舶や鉄道、トラックなどに移し替えてドイツやフランスなどヨーロッパ諸国に輸送している。いわゆる中継貿易であり、経済規模が小さい国が中継貿易を行うと開放度は非常に高くなる。これをロッテルダム効果という。東欧諸国も開放度が高いがこれは別の理由による(『ヨーロッパ経済とユーロ』第10章参照)。

ワークシェアリングの負担は女性と若者に

オランダの労働市場ではワークシェアリングが実施されている。1959年に天然ガスが発見されてからオランダ経済は資源に依存するようになり、賃金の上昇が見られた。しかしオイルショック後の資源価格低迷とともに、オランダ経済も低迷した。これをオランダ病という。1982年にはワッセナー合意により政府、企業、労働組合が協力して新しい体制を作ることにした。こうして生まれたのがワークシェアリングである。1日に何時間働くかを労働者が決めることができ、企業はフルタイムでもパートタイムでも1時間当たりの給与や待遇は同じにしなければならない。

 

ワークシェアリングによって、子育て中の時は労働時間を減らして子供が大きくなるとフルタイムに戻すというような柔軟な働き方が可能になっただけでなく、1人分の仕事を複数人で分担することにより失業率の低下にも役立った。パートタイムになることで空いた時間は地域の活動などに充てることができ、生活の質も向上したといわれている。

 

しかし図表2のように、オランダでは女性のパートタイム比率が77%とEUの中で最も高く、EU平均の32%の2倍以上になっている。男性もパートタイム比率が27%とEU平均の9%よりも高いが、ワークシェアリングによる負担は女性に偏っているといえる。

 

[図表2]パートタイム比率(%)

 

(注)全就業者に占めるパートタイムの比率。失業者は含まない。
(注)全就業者に占めるパートタイムの比率。失業者は含まない。

 

パートタイムになることでスキルの向上がフルタイムよりも遅くなり、キャリアパスにも影響が出る。オランダでは経営トップ層の女性比率が6%と低く、政府目標の30%には程遠い状況になっている※3。ワークシェアリングによって就業者は増えたものの、男性がフルタイムで女性がパートタイムという性別による住み分けができてしまっている。パートタイム賃金の男女差はほとんどないものの、フルタイムでは男女差が大きくなっていることも女性のキャリアパスが確立されていないことを表している。

 

※3 The Economist explains (2015), Why so many Dutch people work part time? May 11th 2015.

 

2010年代に入ってフルタイムを望む人は10%から25%まで増加しているが、実際にはフルタイムの雇用は減少傾向にある。2008年と2013年を比べると、25-35歳のグループでは、フルタイムが12.4%減少したのに比べてパートタイムが18.5%増加している※4

 

※4 Kea Tijdens, Maarten van Klaveren, Paul de Beer and Wiemer Salverda (2015), Labour market measures in the Netherlands 2008-13: The crisis and beyond, International Labour Office.

 

25歳から55歳までの全ての年齢層でフルタイムが減っており、55歳以上のみフルタイムが増えている。学歴別では大卒のみフルタイムの雇用が増えており(2.5%増)、それよりも下の学歴の人々ではフルタイムの雇用は減っている。ただし、大卒のパートタイムも24.8%増となっており全体としてパートタイムが増えている。

 

ワークシェアリングが普及することにより、若年層がパートタイムに追いやられやすくなっており、若年層が十分な収入を得るのが難しくなっている。オランダは女性のキャリアパスと若年層のフルタイムへの就業という2つの課題を抱えている。

 

オランダにはハイネケン(ビール)、アクゾノーベル(化学)、ロイヤル・ダッチ・シェル(石油、英蘭企業)、フィリップス(家電)、ユニリーバ(家庭用品、英蘭企業)、アホールド(小売り)、ING(銀行)、ABNアムロ(銀行)、ラボバンク(銀行)、エイゴン(保険)、NN(保険)、アルティス(通信)、DSM(ヘルスケア)、ランスタッド(人材派遣)、KPMG(監査)、トムトム(デジタル地図)などの企業がある。

本連載は、2016年11月1日刊行の書籍『ヨーロッパ経済とユーロ』から抜粋したものです。その後の社会情勢等、最新の内容には対応していない場合もございますので、あらかじめご了承ください。

ヨーロッパ経済とユーロ

ヨーロッパ経済とユーロ

川野 祐司

文眞堂

インダストリー4.0,イギリスのEU離脱問題,移民・難民問題,租税回避,北欧の住宅バブル,ラウンディング,マイナス金利政策,銀行同盟,欧州2020…ヨーロッパの経済問題を丁寧に解説。

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