今回は、ドイツ政府が2011年に公表した「ハイテク戦略2020行動計画」の中に示された「インダストリー4.0」について解説します。※本連載は、東洋大学経済学部国際経済学科教授・川野祐司氏の著書、『ヨーロッパ経済とユーロ』(文眞堂)から内容を一部抜粋し、EUの経済にまつわる取り組みからヨーロッパ各国の金融政策デザイン、マイナス金利政策などについて解説します。

インターネットを利用した新しい産業のあり方

ドイツ政府は2011年に「ハイテク戦略2020行動計画」を公表し、その中でインダストリー4.0というインターネットを利用した新しい産業のあり方を示した。政府の動きに対して、2013年にICT、メディア、機械工業、電子工業などの業界団体が「インダストリー4.0プラットフォーム」を立ち上げ、2035年までのロードマップを作成した※1

 

※1 JETRO(2014)『ドイツ「Industrie 4.0」とEUにおける先端製造技術の取り組みに関する動向』調査レポート;JETRO(2015)『インダストリー4.0 実現戦略(翻訳版)』;経済産業省(2015)『ものづくり白書2015年版』。

 

これまでは、工場内の機械化は個別に行われてきた。例えば、飲料の工場では、原料の入荷を担当するシステム、工場内で飲料を生産するシステム、ボトル詰めをする機械を動かすシステム、ビンが割れていないかなどのチェックのシステム、出荷準備のためのシステムなどが稼働している。それぞれのシステムは開発元が異なり、機能を特化させた専用のプログラムが用いられているため、相互に互換性がないことが多い。工場では飲料がスムーズに生産されているように見えるが、システム、ロボットや機械、プログラムなどは継ぎ接ぎの状態になっている。一工場内でもバラバラの状態だが、同じ業種でも企業ごとにプログラムの仕様や細部が異なる。

 

ビンをチェックする段階でエラーが多く出ていれば、その前段階で何か問題が生じている可能性が高い。ビンを扱うロボットの力の調整やベルトコンベアーのチェックなどが必要となるが、システム間に互換性がないため、これらの診断や判断は人間が行っている。また、ビンのチェックが現行のレーザーを使ったものからより精度の高い方式が開発されると、ソフトウェア会社はシステム更新のために、顧客企業ごとに異なるプログラムを開発しなければならない。そのため、更新費用は高くなる。更新費用が高ければ中小企業の更新の時期が遅れたり見送られたりして、新しい技術の普及に時間がかかる。

 

工場内のシステムが互換性を持てば、問題の診断や解決方法の指示が自動化され、工場の生産性が高まる。企業ごとに特化されたプログラムの基本的な仕様が統一されれば、ソフトウェアの更新費用は低くなり、より頻繁な更新も可能となる。更にこれらのシステムがインターネットでつながっていれば、ソフトウェア会社の社員は遠隔操作でシステムの管理やソフトウェアの更新ができるようになり、現地の工場に赴く回数を減らすことができる。このような工場をスマート工場と呼ぶこともある。工場・企業が相互に接続されることにより、ドイツ全体を一つの工場のように機能させることもできるようになる。

 

また、インダストリー4.0を進めるためには、製造業だけでなく、ICT、通信インフラ、セキュリティ、物流、マーケティングなど様々な業種を束ねる必要があり、異なる産業間で共通のプラットフォームを利用することで異業種のイノベーションを取り込むこともできるようになる。このような取り組みにより、国内全体の産業の生産性が高まり、国際競争力も高まっていく。

 

また、インダストリー4.0を採用する国が増えると、ドイツは自動車などの製品だけでなく、製造の方法そのものを輸出することができるようになる。ドイツ方式が世界の標準になれば、研究開発やイノベーションでも世界をリードすることができる。インダストリー4.0は第4次産業革命とも呼ばれているが、企業の枠を超えた生産効率の向上とイノベーションの加速により、経済が新しい局面に入るのではないかと期待されている。

各方面における規格統一、安全性確保に注力

インダストリー4.0では、ネットワークとアーキテクチャーの標準化、複雑なシステムの管理、産業向けのブロードバンド通信インフラ整備、操業の安全性とデータの安全性、労働組織と作業現場の改善、継続的な職業訓練、規制の枠組みの構築、エネルギー効率の向上に取り組んでいる。それらは、研究とイノベーション、標準化・規格化、システムの安全性、法的整備にまとめられる。

 

研究とイノベーション

 

研究とイノベーションでは、現場で使うソフトウェアの使用方法の統一化、企業で使用するアプリケーションの統一化、需要などの予測モデルの開発、業種に依存しないアプリケーションなどの開発モデル、新しい技術に対応できる教育システム、工場内のセンサーなどのシステム開発、生産現場のデータ収集や解析・分析など14分野の取り組みがある。システムの統一や新しい技術の普及を進めていくとともに、それを用いる人材の教育に力を入れている。

 

標準化・規格化

 

標準化・規格化では、技術や管理のデータに容易にアクセスでき、問題の解決に利用できるようにする。機械は高速で動いているため、1000分の1秒単位での制御が必要であり、複数の機械やシステムを瞬時に連携させる必要がある。機械同士で情報をやり取りすることができるようになり、その情報は機械の設計企業とも共有され、新たな部品や制御プログラムの開発に生かされ、マーケティング部門や法務部門のデータベースも自動的に更新されるようになる。

 

これらの要素を含めた新しいモデルをRAMI4.0(インダストリー4.0・レファレンス・アーキテクチャー・モデル)という。RAMI4.0はミルフィーユのような階層を持った形をしており、それぞれの階層は事業(ビジネスモデル、法規制など)、機能(アプリケーションなど)、情報(データ収集、提供など)、通信(通信技術の統一など)、統合(ハードウェアとソフトウェアの統合、ソフトウェアと人間との連携など)、物体(部品、設計図、アイデアなど)からなる。

 

それぞれの層には、製品の企画・開発などを意味するタイプと、製造を意味するインスタンスからなる製品のライフサイクルと、工場内の機器の配置や役割を表す価値連鎖の要素が載っている。RAMI4.0が完成すると、工場内の製造の統一、企業間のネットワークの統一、エンジニアリングの一貫性、これらのネットワークの指揮者としての人間の役割に変化が訪れる。

 

システムの安全性、法的整備

 

インダストリー4.0では、あらゆる機器や企業がインターネットでつながるため、システムの安全性を確保する必要がある。個々の企業のセキュリティだけでなく、ネットワーク全体のセキュリティを確保しなければならない。ネットワークの輪の中で最もセキュリティの弱い部分が狙われる可能性が高く、そこから企業の情報だけでなく、工場の機器の制御まで攻撃される可能性がある。例えば、自動車の販売店のPCを攻撃することで、自動車工場でのロボットが操作されて死亡事故が引き起こされるケースも考えられる。ロボットの動作の安全性だけでなく、制御プログラムの防御能力も重要となってくる。データを1カ所に集めることもリスクを増大させるため、データの分散管理も考える必要がある。

 

問題は、このようなシステムの安全性の必要性を全ての参加者が理解し、適切な処置を講じることであり、システム関係者だけでなく全ての人々に人材教育を施す必要がある。中小企業には技術面と資金面で支援が必要となる。

 

これまでは製造業は大量生産によってコストを低くして価格競争力をつけることが常識であったが、インダストリー4.0では製品の開発・企画段階から製造・販売までが統一化されることで少量生産でも大量生産と同じコストや納期を実現でき、製品のモデルチェンジも早めることができる。需要の変化や顧客の希望への対応力が上がり、なおかつ価格競争力も低下しない。

 

PCソフトウェアの世界では情報を囲い込むよりも公開して多くの人々のアイデアを追加して継続的に修正を加える方が、より安価で性能の高い製品を作ることができることが知られている。このプロセスを産業全体に広げることを意図しているのがインダストリー4.0であり、その成果は製造業だけにとどまらない。

 

一方で、インダストリー4.0の実現には、利害の対立しやすい解決しなければならない問題も多い。経済環境が刻々と変化し、新しい技術が次々に生まれていく中でドイツがこれからもヨーロッパや世界をリードできるのかが問われている。

本連載は、2016年11月1日刊行の書籍『ヨーロッパ経済とユーロ』から抜粋したものです。その後の社会情勢等、最新の内容には対応していない場合もございますので、あらかじめご了承ください。

ヨーロッパ経済とユーロ

ヨーロッパ経済とユーロ

川野 祐司

文眞堂

インダストリー4.0,イギリスのEU離脱問題,移民・難民問題,租税回避,北欧の住宅バブル,ラウンディング,マイナス金利政策,銀行同盟,欧州2020…ヨーロッパの経済問題を丁寧に解説。

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