様々な意味で依存し合う、企業と地域社会
企業と地域社会の関係は、様々な意味で相互に依存し合っています。特に地域に根ざす老舗ファミリー企業の場合は、相互依存の程度が強いと言えるでしょう。
地域社会には、顧客、仕入先、株主、地域金融機関、地方自治体など多様な利害関係者が存在します。例えば、企業は地域から従業員を採用して労務の提供を受けています。他方、企業が地域に雇用を提供しているといえます。
また、企業は地域に製品サービスを提供する反面、その売上げや利益の多くを地域の顧客に頼っています。さらには、その製品の原材料を地域に依存している場合もあります。それだけではありません。地域に根ざす老舗ファミリー企業の場合は、地域の利害関係者との関係が非常に長期に及ぶことが想定されます。そのため、現経営者の代で地域の利害関係者との関係が完結するのではなく、先代世代から後継者に至る、いわば世代を超えて継続していく関係であるといえるでしょう。
また、後継者と地域の利害関係者との関係をどのように継承していくかは、事業承継においても重要な課題となるのです。
[図表1]地域とファミリービジネスの相互依存関係
地域の人々との関わりから育まれる後継者の「情操」
次に、重要な利害関係者である地域社会が後継者にどのような影響を与えているのかを考えていくことにしましょう。
老舗ファミリー企業の後継者の場合、幼少期から地域の自然や風土に触れて育ちます。後継者の情操は、地域の人々との関わりの中で育まれるといえるでしょう。勿論、将来、ファミリービジネスの経営者としての思考や行動にも影響するものと考えられます。これは、後継者だけに見られることではありません。地域に根ざす老舗ファミリー企業の場合は、先代世代の経営者も同様に地域社会との関わりの中で思考や行動に影響を受けているといえるでしょう。
[図表2]後継者の思考・行動に影響を与える地域
地域社会との関わりが経営者のアイデンティティを育む
筆者の事例研究によると、老舗ファミリー企業の経営者は地域との関わりの中で経営者としてのアイデンティティを育んでいる様子が示されています。福島県喜多方市の某酒造企業では、代々の経営者が「喜多方の米と水で作られた酒造り」という経営理念を守り、独自の新商品開発や新たな販路開拓等の経営革新を行っています。
例えば、現当主は栽培農家を自社に取り込み、品質の高い酒造りに取り組んでいます。また、その後継者は、首都圏の居酒屋チェーンにおいて自社の地酒と共に、その原料米をご飯としてセットメニューで提供する取り組みを行っています。来店客には、非常に受けが良いようです。
このように、老舗ファミリー企業における代々の経営者は、生き抜く時代や経営環境こそ異なりますが、経営者の思考と行動のベースは地域社会との関わりの中で醸成されることが考えられます。
伝統と革新を重んじる老舗ファミリー企業の場合、革新はその時代に応じた後継世代経営者のオリジナリティが試されると考えられますが、伝統は地域社会との関わり合いの中で継承されていくものであるといえるかもしれません。老舗ファミリー企業の革新と伝統のダイナミズムを考える際に、地域社会が与える企業の事業承継への影響は大きいといえるでしょう。
<参考文献>
落合康裕(2015)「老舗企業における事業承継と世代間行動の連鎖性-福島・大和川酒造店における事例研究-」『事業承継』Vol. 4, 64-79頁.
落合康裕(2016a)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.
落合康裕(2016b)「中小企業の事業承継と企業変革:老舗企業の承継事例から学ぶ」中部産業連盟機関誌『プログレス 2016年11月号』, pp. 9-14.