社内の利害関係者=先代世代の経営幹部、従業員
事業承継の問題を考える場合は、親子関係に焦点があてられることが多くあります。しかし、事業承継とは、親子間の承継だけではなく、新旧経営者の交代を意味するものです。経営者の交代が行われる場合は、組織体制や取引慣行の変更など、組織の内部や外部の利害関係者に大きな影響を与えます。そのため、事業承継のプロセスにおいては、社内と社外の多様な利害関係者に対して、どのように配慮を行い、次世代へ移行後にどのような関係性を構築していくのかを検討することが重要となります。
第一に、社内の利害関係者について考えていきましょう。社内の利害関係者とは、主に先代世代の経営幹部、従業員のことを示します。後継者がファミリービジネスで能動的行動を行う場合、先代世代の経営幹部や従業員から協力を得る必要があります。これは、大きな仕事であればあるほど、後継者は先代世代の経営幹部や従業員の能力や経験に依存する割合が高くなります。
仮に後継者が、先代世代から受入れられていない場合は、後継者が組織の中で裸の王様になってしまう可能性があります。このことは、円滑な事業承継を阻害する要因となってしまいます。先代経営者は、承継プロセスを通じて、後継者が自分の世代の経営幹部や従業員と良好な関係を構築できるようサポートすることが望ましいといえます。
【図表1】社内における事業承継
取引の条件や慣行を守るため、社外の関係構築も重要
第二に、社外の利害関係者について考えていきましょう。従来、事業承継は社内の問題として考えられることがほとんどでした。しかし、事業承継においては、顧客、仕入先、取引金融機関、株主、地域社会など社外の利害関係者との関係構築も重要な課題となります。
この社外の利害関係者に対する事業承継は、意外と軽視されがちです。社外の利害関係者は、世代交代を契機にして、取引の条件や慣行を変更してくる可能性も否めません。
その為、後継者は、社内の利害関係者と同様、社外の利害関係者と良好な関係を築くことで、先代経営者の時代と同様の取引を継続することができるかもしれません。後継者にとっても、対外的に自分自身の方針にそった行動が取りやすくなります。先代経営者は、承継プロセスを通じて、社内の経営幹部や従業員だけではなく、後継者が社外の利害関係者とも良好な関係を構築できるようサポートする必要があります。
【図表2】社外における事業承継
アクセルとブレーキの役割を持つ利害関係者の存在
最後に、この社内や社外の利害関係者との関係が事業承継に与える影響について考えておくことにしましょう。本連載では、二つの働きについて指摘しておきます。
第一に、後継者の能動的行動を促進する働き(アクセル)のことです。例えば、後継者の進取的な取り組みを社内の先代世代の経営幹部がサポートするようなことです。筆者が調査してきた多くの事例において、新参者である後継者は十分に動員できる資源が乏しいことが示されています。後継者の進取的な行動は、経験豊富な先代世代の経営幹部による協力が大きな後ろ盾となることで、組織全体に伝播しやすくなるかもしれません。
第二に、顧客、株主などの利害関係者から後継者に対してのガバナンス(ブレーキ)です。例えば、後継者が適正な経営を行わない場合、地域の顧客が当該企業と取引を停止する事例があげられます。このように、日本では地域における顧客や取引先が、外部の利害関係者としてガバナンスの機能をはたすことがあります。
事業承継を考える際には、社内だけではなく社外の利害関係者が事業承継にどのような影響を与えるのかを検討しておく必要があるのです。次回は、個々の利害関係者について詳しく考察をしていきます。
<参考文献>
落合康裕(2016a)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.
落合康裕(2016b)「中小企業の事業承継と企業変革:老舗企業の承継事例から学ぶ」中部産業連盟機関誌『プログレス 2016年11月号』, pp. 9-14.