「仕事以外に何がある?」妻の言葉で気づいたこと
定年退職から数日後、誠一さんは由美さんに、家にいても何をすればいいのかわからないと打ち明けました。すると由美さんは、少し考えてからこう言ったそうです。
「仕事を頑張ってきたのは知っているよ。でも、これから何をしたいかは、あなたが考えないと」
誠一さんは、返す言葉がありませんでした。
仕事が忙しかった頃、由美さんから旅行や外食に誘われても「また今度」と断ることが多かったといいます。学生時代の友人とも、年賀状を交わす程度の付き合いになっていました。
「会社では人とのつながりがたくさんあると思っていました。でも、退職してみると、仕事以外で気軽に連絡できる相手がほとんどいなかったんです」
内閣府『令和6年版高齢社会白書』によると、60歳以上の人に生きがいを感じる程度を尋ねた調査では、「十分感じている」と「多少感じている」を合わせた割合は、全体で約8割となっています。
一方、生きがいを感じる場面は人によって異なり、退職後も充実した生活を送るには、仕事以外の活動や人間関係を持つことが重要になります。
誠一さんの場合、経済的な不安は比較的小さい状況でした。
退職金2,500万円に加え、それまでの預貯金が約1,500万円。由美さんもパートで働いており、当面の生活費に困ることはありません。
ただ、誠一さんはお金の使い道についても、具体的な希望を持っていませんでした。
「旅行に行こうと思えば行ける。でも、どこへ行きたいのか、誰と何をしたいのかが思いつかないんです」
由美さんは、まず近所を散歩することや、以前興味を持っていた写真撮影を再開してみることを勧めました。誠一さんは休日にカメラを持ち出すことが好きでしたが、管理職になってからは、ほとんど触れていなかったのです。
最初は気が進まなかったものの、ある日、近所の公園へカメラを持って出かけました。そこで写真を撮っている人と話す機会があり、地域の写真サークルを紹介されたといいます。
「会社では肩書で呼ばれることが多かったけれど、そこではただの写真好きの一人なんですよね」
現在、誠一さんは月に数回、写真サークルの活動に参加しています。
もちろん、長年続けてきた仕事への思いが簡単に消えたわけではありません。それでも退職直後のように、スマートフォンの通知を何度も確認することは少なくなりました。
「会社を辞めたら何もなくなると思っていましたが、これから少しずつ見つけていけばいいんですよね」
定年退職は、仕事を通じて築いてきた人間関係や生活習慣が大きく変わる時期です。経済的な準備が整っていても、退職後の時間をどう過ごすかによって、生活の満足度は変わってきます。現役時代から仕事以外の関心や交流を少しずつ広げておくことが、退職後の暮らしを充実させるための備えとなります。
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