「明日から自由だ」盛大な送別会を終えた元部長の朝
60歳の誠一さん(仮名)は、大学卒業後に入社したメーカーで約38年間働き、今年の春に定年退職しました。
営業部門を中心に経験を積み、50代からは部長職を務めてきました。退職直前の年収は約1,000万円。退職金として2,500万円を受け取り、住宅ローンも数年前に完済しています。
退職の日には、部下たちが送別会を開いてくれました。
「部長には本当にお世話になりました」
花束や記念品を受け取り、若手社員から感謝の言葉をかけられた誠一さん。帰宅後も興奮が冷めず、妻の由美さん(58歳・仮名)に何度も送別会の話をしたそうです。
「いい会社だったよ。最後までみんなに見送ってもらえて、本当にありがたかった」
由美さんも「長い間お疲れさま」とねぎらいました。
翌朝、誠一さんはいつもの習慣で午前6時に目を覚ましました。出勤する必要がないと気づき、もう一度眠ろうとしましたが、なかなか寝つけません。
結局、7時前にはリビングへ。いつもなら仕事のメールを確認する時間でした。
スマートフォンを開いても、届いているのは通販サイトの広告やニュースの通知だけ。会社のメールアカウントは、退職に伴って利用できなくなっています。
「昨日までは一日に何十件も連絡が来ていたのに、今日は誰からも何も来ないんです」
誠一さんは、なんとなく落ち着かない気持ちになりました。
朝食を終えると、由美さんが出かける準備を始めます。
「今日は友達とランチに行ってくるから。お昼は冷蔵庫にあるものを食べてね」
妻には以前からの友人や趣味の集まりがあり、週に何度か外出する予定が入っています。一方、誠一さんの予定表は真っ白でした。
「妻には妻の生活がある。それはわかっているんですが、私は急に一人になったような気がしてしまって」
昼過ぎ、元部下に連絡しようとスマートフォンを手に取りました。しかし、何を話せばいいのかわからず、結局画面を閉じたといいます。
「昨日までは、会社に行けば誰かが話しかけてくれた。自分の判断を待っている人もいた。それが一晩でなくなったんです」
夕方になっても、誰かから連絡が来ることはありませんでした。誠一さんは、誰に聞かせるでもなくつぶやきました。
「俺は何のために40年も働いてきたんだろうな」
