妻が抱えていた長年の不満
隆之さんは、妻の言葉に耳を疑いました。
「一緒に過ごせる時間が増えたのに、どうしてそんなことを言うんだと思いました」
千恵さんは、退職後の3ヵ月間だけでなく、以前から感じていた不満を話し始めました。
「あなたは仕事で忙しかったから、家のことは私が決めてきたでしょう。でも、今は一日中家にいて、私のすることにいちいち口を出す。自分の予定まで説明しなければいけないのがつらいの」
さらに、夫の食事を毎日用意することも負担になっていたといいます。
「会社では自分でお昼を食べていたのに、どうして家にいると私が準備することになるの?」
隆之さんは返す言葉がありませんでした。
総務省『令和3年社会生活基本調査』によると、65歳以上の人が家事や介護などの無償労働に費やす時間の割合は、男性が1日の5.1%、女性が15.8%でした。女性の負担割合は男性の約3倍です。
隆之さんは、これまで妻が家事を担うことを当然のように受け止めていたと振り返ります。
「自分は仕事を頑張ってきたという気持ちが強かったんです。でも、妻にも妻の生活があったんですよね」
その後、夫婦は家事の分担について話し合いました。
隆之さんは、平日の昼食を自分で用意し、掃除機がけと食材の買い出しも担当することにしました。また、妻が外出する際には予定を細かく尋ねず、それぞれの時間を尊重するよう心がけています。
「最初は何をすればいいのかわからず、妻に聞いてばかりでした。でも、それでは結局、妻の手間が増えるだけなんですよね」
最近は、地域のウォーキングサークルにも参加し始めました。退職後に途切れがちだった人との交流が生まれ、家の外で過ごす時間も増えています。
千恵さんとの関係がすぐに元どおりになったわけではありません。それでも、以前より落ち着いて会話できる日が増えたそうです。
「妻とずっと一緒にいることが、いい老後だと思っていました。でも、妻が何をしたいのか、ちゃんと聞いたことがなかったんです」
定年退職によって夫婦の生活時間が変わると、家事の負担や一人で過ごす時間の確保など、新たな課題が生じる場合があります。互いの生活習慣や希望を確認し、役割分担を見直すことが、退職後の暮らしを穏やかに続けるための一歩になるでしょう。
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