「私、もう無理かも」妻から告げられた言葉
健一さんは早速、届いた招待状を美咲さんに見せました。
「見て。ついに来たよ」
しかし、美咲さんの反応は、健一さんが期待していたものとは違いました。しばらく招待状を見つめたあと、美咲さんはこういったのです。
「私、もう無理かもしれない」
健一さんは意味がわからなかったそうです。
「なにが?」「この生活を続けるのが」
美咲さんが不安に感じていたのは、健一さんの収入ではなく、年収1,500万円という収入があるにもかかわらず、預金残高のことです。
「あなたは老後のためっていうけど、このままじゃ老後どころじゃないよ」
美咲さんにそういわれ、健一さんは改めて自分たちの預金残高を確認しました。普通預金の残高は、48万円。
「もっとあると思っていました。年収がこれだけあるんだから、なんだかんだ数百万円くらいは残っているものだと思っていたんです」
しかし、口座にある数字は変わりません。自分が夢見ていたのは、経済的に余裕のある老後。ところが実際には、目の前の暮らしによって、肝心のお金が残っていなかったのです。
「そのとき初めて、『俺、なにやってたんだろう』と思いました」
さらに健一さんを焦らせたのが、美咲さんから「少し離れたほうがいいかもしれない」といわれたこと。老後は美咲さんと一緒に過ごすものだと思っていました。しかし、その美咲さんが、いまの生活に耐えられず、自分のもとを離れようとしています。そこでようやく健一さんは、自分の目指してきたものと、実際の行動の矛盾に気がつきました。
「妻に喜んでもらうために頑張っているつもりだったのに、その妻を一番不安にさせていたんですよね」
健一さんは美咲さんに、もう一度だけ家計を一緒に考えてほしいと頼みました。そして、二人でFPに相談することに。
年収1,500万円でも、老後資金ができるとは限らない
相談の席で、健一さんはこう話しました。
「僕は将来のために頑張っているつもりだったんです。でも、いま考えると、将来こうなりたいという姿を先に真似していただけだったのかもしれません」
筆者はまず、健一さんと美咲さんに、現在の家計状況を整理してもらいました。住居費や日常生活費、カード利用額、旅行や外食などの支出を書き出していくと、健一さん自身も表情を曇らせていきました。
なにか一つに極端な浪費をしているわけではありません。過大な支出の正体は、収入が増えるにつれて、生活全体の基準が少しずつ上がっていたことでした。そして、それを健一さん自身が「老後のための成功への投資」だと捉えていたことも、家計を見えにくくしていたようです。
筆者は健一さんに尋ねました。
「健一さんが本当に望んでいる老後は、ステータスカードを持っている老後ですか。それとも、美咲さんと安心して暮らせる老後ですか」
「もちろん妻と暮らせるほうです」
当然の答えのようにも聞こえます。しかし、家計では「なにを大事にしたいか」と「実際にお金を使っている先」が一致していないことがあります。
健一さんの場合、本当に欲しかったものは、カードでも高級店でもありません。安心できる老後と、その時間を美咲さんと過ごすことです。
