「長男と長女には財産を渡したくない」70代男性の本音
今回の相談者であるSさんは、70代の男性です。妻との間に、長男、長女、次女の3人の子どもがおり、次女には10代の子どもが2人います。
Sさんは、自宅のほかにアパート5棟、株式、現預金など、さまざまな資産を所有しています。70代半ばを迎え、今後の財産管理や相続について考えるようになり、妻と2人で相談に来られました。
Sさんが特に気にしていたのが、子どもたちとの関係です。10年以上前、長男と孫の教育方針をめぐって激しく対立しました。親子げんかの末、Sさんは長男に、「二度と敷居をまたぐな」と言い放ってしまったといいます。
それ以来、長男一家との交流は途絶えました。さらに長女も長男に同調したことで疎遠となり、現在ではほとんど連絡を取っていません。一方、次女は定期的に2人の子どもを連れて実家を訪れ、日頃からSさん夫妻のことを気遣ってくれています。
そうした状況から、Sさんには、「本当に自分たちを大切にしてくれる次女と孫2人に財産を残したい。長男と長女には1円たりとも渡したくない」という強い思いがありました。
当初、Sさんは、次女や孫へ財産を集中させるため、アパートを孫にも遺贈する内容の遺言書を作りたいと考えていました。しかし、その思いをそのまま遺言に反映させれば、Sさんが亡くなったあと、長男や長女が強く反発する可能性があります。場合によっては遺留分をめぐる請求が起き、結果としてSさんが守りたいと考えていた次女や孫が、親族間の争いに巻き込まれてしまうことも考えられます。
そこで必要だったのは、Sさんの気持ちを尊重しながらも、残される次女や孫にできるだけ負担を残さない相続の形を考えることでした。
自宅とアパート5棟、金融資産も所有
Sさんの主な財産は、自宅とアパート5棟です。さらに、現金・預金が2,000万円超あるほか、上場株式などの有価証券、約300万円の生命保険にも加入しています。
相続人は妻と子ども3人の計4人です。
相続税の基礎控除は、
3,000万円+600万円×法定相続人の数
で計算されます。
この場合、基礎控除額は5,400万円となりますが、Sさんの財産はそれを大きく上回る規模でした。そのため、財産を誰にどう残すかだけでなく、相続税への備えも同時に考える必要がありました。
「渡したくない」という感情だけでは決められない
Sさんの状況を整理すると、大きく4つの課題がありました。
課題1 長男・長女との対立を相続に持ち込まない
Sさんは長男、長女とは長期間疎遠になっています。しかし、親子関係が疎遠だからといって、相続人でなくなるわけではありません。長男や長女を完全に除外し、次女や孫へ多くの財産を残す遺言を作れば、相続発生後に不満が噴き出す可能性があります。
特に、子どもには遺留分があるため、相続財産の内容や評価額によっては、遺留分侵害額請求につながる可能性もあります。
Sさん自身の感情を満たすことと、次女や孫を将来の争いから守ることは、必ずしも同じではありません。
課題2 10代の孫に不動産を直接遺すべきか
Sさんは、孫2人にもアパートを残したいと考えていました。しかし、孫はまだ10代です。未成年の段階で収益不動産を取得すれば、管理や手続きなどを本人だけで行うことは難しくなります。
また、遺言によって孫が直接まとまった財産を取得すれば、長男や長女から見たときに、不満の矛先が孫へ向かう可能性も否定できません。
そのため、「孫に財産を残す」という目的は変えず、いつ、どのような方法で渡すのかを見直す必要がありました。
課題3 将来の財産変動に対応できる遺言にする
Sさんはアパートを複数所有しています。今後10年程度の間に、売却や買い替えなどによって財産構成が変わる可能性もあります。
遺言書で、「このアパートは誰に」「この株式は誰に」と細かく指定しすぎると、対象となる財産を生前に売却した場合などに、想定していた相続が実現できなくなることがあります。
現在の財産だけを見るのではなく、将来の変化にも対応できる遺言にしておく必要がありました。
課題4 相続税対策も並行して進める
Sさんには、不動産だけでなく、預貯金や株式もあります。
また、死亡保険金については、一定の条件を満たす場合、
500万円×法定相続人の数
まで相続税が非課税となります。Sさんの場合、法定相続人が4人であれば、非課税限度額は2,000万円となります。
現在加入している生命保険は約300万円だったため、ほかの条件も確認しながら、生命保険の活用を検討する余地がありました。
孫へのアパートは「遺言」ではなく「生前贈与」を検討
そこで、まず見直したのが、孫へアパートを残す方法です。当初は、遺言書で孫にアパートを遺贈することを考えていました。しかし今回は、孫が18歳になったあと、相続時精算課税制度を利用して生前贈与する方法を検討することにしました。
相続時精算課税は、原則として、60歳以上の父母や祖父母などから18歳以上の子や孫などへ財産を贈与する場合に選択できる制度です。生前に贈与を行えば、Sさん自身の意思を確認しながら孫へ財産を引き継ぐことができます。
一方で、相続時精算課税を一度選択すると、その贈与者からのその後の贈与について原則として暦年課税へ戻すことはできません。また、贈与した財産は将来の相続税計算にも関係するため、実際に利用する際には、税負担や不動産の評価、維持管理の負担まで含めて慎重に検討する必要があります。
そのうえで、Sさんの場合は、孫が一定の年齢になってから財産を承継させるほうが、遺言によって未成年の孫へ直接不動産を残すよりも選択肢を持ちやすいと考えました。
