80代で一人暮らしに。「自宅がないと相続で不利?」
今回の相談者は、80代のAさんです。夫を亡くしたあと、現在は一人で暮らしています。Aさんには3人の娘がいます。夫婦で暮らしていたマンションはAさん名義でしたが、夫が亡くなったあと、一人で住むには広く感じるようになっていました。
一方、長女夫婦には子どもが2人います。長女の夫名義の2LDKマンションでは、家族4人で暮らすには手狭になっていました。そこで家族で話し合い、Aさんと長女家族が住まいを交換することにしました。
現在、Aさんは長女の夫名義のマンションに住み、長女家族はAさん名義のマンションで暮らしています。ただし、マンションの所有権を交換したわけではありません。双方とも家賃を支払わない「使用貸借」という形です。
つまり、Aさんは自分名義のマンションを所有しているものの、現在住んでいる家は自分のものではありません。また、Aさん名義のマンションも、Aさん自身の居住用ではなく、長女家族が使っています。
そんなAさんには、以前から気になっていたことがありました。
「相続のときは、自宅を持っていたほうがいいのでしょうか」
Aさんは、「自宅の土地には小規模宅地等の特例が使え、相続税を抑えられることがある」と聞いていたのです。
そのため、相続対策として改めて自分名義の自宅を購入したほうがいいのか、それとも今の暮らしを続けても問題ないのか。さらに、財産を娘3人へどのように引き継いでいけばいいのかを整理するため、相続設計の相談に来られました。
Aさんはマンションのほかにも、複数の賃貸不動産や事業用の建物、現預金、金融商品、生命保険などを所有しています。賃貸物件からは安定した家賃収入があり、今後も手元の資金は増えていく見込みです。
自宅を買えば「小規模宅地等の特例」が使えるわけではない
まず整理したのが、小規模宅地等の特例についてです。被相続人が住んでいた自宅の土地については、一定の要件を満たした場合、「特定居住用宅地等」として相続税評価額を大きく減額できる可能性があります。
しかし、「自宅を所有していれば使える」という単純な制度ではありません。相続開始直前に誰がその家に住んでいたのか、誰が相続するのか、相続する人が居住や保有などの要件を満たしているのかによって、適用できるかどうかは変わります。
Aさんが現在住んでいるマンションは、長女の夫名義です。そのため、そもそもAさんの相続財産にはなりません。一方、Aさん名義のマンションには長女家族が無償で住んでおり、Aさん自身は居住していません。
また、3人の娘にはそれぞれ住まいがあり、今後Aさんと同居する予定もありません。こうした事情から、Aさんの場合は現時点では、自宅敷地について小規模宅地等の特例を利用できることを前提に相続設計をするのは難しい状況でした。
節税のために80代で住み替えるべきか
では、Aさんがこれから自分名義のマンションを購入し、実際に住み始めたらどうでしょうか。
もちろん、新たに不動産を購入することで、現金のまま保有する場合と比べて相続税評価額を抑えられる可能性はあります。ただし、自宅を購入したからといって、小規模宅地等の特例が必ず利用できるわけではありません。
相続が発生した時点での居住状況や、誰がその自宅を相続するのか、その人が制度上の要件を満たしているのかまで考える必要があります。
さらに、Aさんはすでに80代です。新しいマンションを購入すれば、物件代金だけでなく、諸費用や引っ越し代もかかります。家具の整理や処分、新居で使う家具の購入も必要になるかもしれません。
長年住み慣れた生活圏を離れれば、買い物や通院の環境が変わる可能性もあります。節税効果だけを考えて住み替えた結果、Aさん自身の生活が不便になってしまっては、本末転倒です。
手元の現金を減らしすぎないことも重要
もう1つ重要なのが、今後の生活資金です。現金を使って自宅を購入すれば、その分、自由に使える手元資金は減ります。
高齢になるほど、医療費や介護費用など、予定していなかった支出が増える可能性があります。将来的に高齢者施設へ入居したり、再び住まいを替えたりすることも考えられます。
相続税を減らすために不動産を購入した結果、本人が使える資金が不足してしまっては意味がありません。
そこでAさんには、小規模宅地等の特例だけを目的に、新たな自宅を購入する必要はないとお伝えしました。現在暮らしている長女の夫名義のマンションで、そのまま生活を続けることを優先する方針としました。
Aさんも、「相続のためには自宅を買わなければいけないのかと思っていました。住み替えなくてもいいと分かって安心しました」と話していました。
