メーカー各社は「生きた菌」の効果を強調したが…
腸内で善玉菌が増えれば、悪玉菌が悪さをしないよう抑え込むことができ、腸内環境が良くなります。「それなら、善玉菌を含む食品をたくさん食べればいいのでは?」と多くの方が思うことでしょう。
善玉菌の代表格である乳酸菌を多く含んだ食品といえば、ヨーグルトがまず思い出されるのではないでしょうか。腸に良いからと、毎日欠かさず食べている、という人も少なくないでしょう。
パッケージを見るとB21菌、LGG菌、ガセリ菌・・・などと、様々な菌の名前が書いてありますが、いずれも乳酸菌の仲間です。乳製品の大手は各社こぞって、これこそが健康に良い菌、と毎年のように手を替え品を替え、新しい菌を発表、宣伝している感があります。
このように、乳酸菌の種類は年々増えても、ここ10年以上のトレンドは「生きた菌」であることに変わりありません。1980年代の終わりに、生きたまま腸まで届く菌があり、それが腸内環境を良くする、という説が浮上し、「健康のために」を意味するギリシャ語を由来としたプロバイオティクスという言葉が誕生しました。
以来、ヨーグルトにおける「生きた菌」信仰は日本の消費者に広がり、生きた菌入りであることがヨーグルトの付加価値となったのです。
出始めのころは、生きた菌といっていれば売りになりましたが、十数年も経つとそれが当たり前になってしまったので、今は、メーカー各社が差別化をすべく、あれやこれやといろいろな菌をヨーグルトに入れ、宣伝するようになりました。
ほとんどの乳酸菌は、そのまま体外に排出される
ところが、すでに専門家の間では、この「生きた菌」信仰に対して批判的な声が上がっています。
というのも、その菌が生きたまま腸に届くかどうかは、あくまで腸に至るまでの消化酵素や㏗といった条件をそろえた装置の中で検証しているにすぎず、実際にヒトの体内に入ってから生きたまま腸に届いているかどうかは、誰も確認していないのです。
さらに、腸内フローラの研究が進んだ今では、外から入ってきた菌が、仮に腸まで生きたままたどりついたとしても、腸にもともといる菌の集落に定着することはまず期待できないことが確実にわかってきました。
腸の先住人、いや先住菌である常在菌たちは、人の出生と同時に腸壁に陣取り、腸内で長い年月をかけて、そこに長く棲みつける順応性を獲得した菌です。順応性とは、言ってみれば、人の長い一生の中で、菌が腸や他の菌たちとうまくやっていくための社交術なり、生活の知恵のようなものといっていいでしょう。
そこに、何者かもわからない菌がきても、そうそう仲間には入れてもらえません。同じ善玉菌とはいえ、生まれたときからずっと腸内細菌として棲みついている自前の善玉菌にとって、食べ物として外からやってきた乳酸菌は「よそ者」です。
その菌が、どんなに身体にとって良いとされる菌だとしても、腸内フローラという菌社会に定住できなければ、健康に寄与する物質はつくれません。そして実際、ほとんどの菌は定住できず、そのまま腸を通り抜けて、排出されてしまいます。これを「通過菌」といいます。
何しろ、腸内には400~500種類以上、約100兆個もの細菌が棲みついており、善玉菌VS悪玉菌のみならず、善玉菌同士でも別の種類の菌同士が勢力争いをしていたり、相性の良い菌同士は共存したりしています。よそ者の菌がそうそう簡単に定着できる環境ではないのです。
もったいないと思われるかもしれませんが、見方を変えれば、こうした外からきた菌を排除しようとする腸の働きは、人間の身体を守るためになくてはならないものといえます。
もし、外から入ってきた菌がたやすく腸内に棲みつくことができたとしたら、食中毒の原因菌などの、身体に害をもたらす菌もたやすく定着、増殖しやすいということになってしまいますし、そうなれば命に関わります。
これが、苦労して生きたまま腸まで届けたヨーグルトの中の菌の宿命です。私たちが期待する結果には必ずしもならないことが、おわかりいただけたと思います。