「何時に風呂に入ってもいい」市営住宅で取り戻した自分の生活
正志さんは必要書類をそろえ、市営住宅へ申し込みました。
一度目は落選。数ヵ月後に再び募集があり、二度目の応募で入居できることになります。
公営住宅は、公営住宅法に基づき、住宅に困窮する低額所得者に低廉な家賃で住宅を供給する制度です。入居には収入や住宅困窮などの要件があり、具体的な基準や募集方法は自治体によって異なります。
また、家賃は一律ではありません。国土交通省によると、公営住宅では入居者の家賃負担能力と住宅の立地、広さ、築年数などを反映する「応能応益制度」により、地方公共団体が家賃を決定します。
正志さんが入居したのは、築年数の経った2DK。最寄りのバス停までは徒歩数分で、スーパーも歩いて行ける距離にあります。
家賃は、収入などから算定されて月約3万5,000円でした。新築でもなく、設備が特別充実しているわけでもありません。
それでも、引っ越して最初の夜、正志さんは妙な解放感を覚えたそうです。夕方6時に風呂へ入り、そのあとテレビをつけながら簡単な夕食を作りました。
「そのときに、『あ、何時に風呂に入ってもいいんだ』って思ったんですよ」
翌朝も、目が覚めた6時に洗濯機を回そうとして、以前の癖で一度手を止めました。
「でも、ここは自分の家だから、周りに響かない時間なら自分で決めればいい。そんな当たり前のことがうれしかったですね」
もちろん、一人暮らしには別の不安もあります。体調を崩しても、すぐ隣の部屋に家族がいるわけではありません。
そのため正志さんは、長男と定期的に連絡を取り、何かあれば相談できる関係は続けています。
家賃が下がったことで、生活費にも余裕ができました。以前の民間賃貸と比べれば、住居費は月4万円以上減っています。
「息子には感謝しています。でも、ずっと一緒に住むことと、仲がいいことは別なんだと思います」
正志さんはそう振り返ります。
市営住宅に移ったことで得たのは、安い家賃だけではありませんでした。
「朝ごはんを何時に食べてもいいし、夜に一人でテレビを見ていてもいい。もう誰にも気を遣わなくていいんです」
家族の近くで暮らす安心を選ぶ人もいれば、一人で生活できる環境を整えることで安心を得る人もいます。正志さんにとって月3万5,000円の部屋は、老後の住居費を抑える場所であると同時に、自分の生活を自分で決められる住まいになっています。
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