「お金は残ったけれど」70代になって夫婦が気づいたこと
考え方が変わったのは、和夫さんが70代になってからでした。
ある日、里枝子さんが旅行会社のパンフレットを持ち帰り、久しぶりに海外旅行の話をしました。
「今度こそ行ってみる?」
和夫さんはしばらく眺めてから言いました。
「もう長い飛行機はいいかな。国内でゆっくりしたい」
以前なら真っ先に乗り気になったはずでした。
体調を大きく崩したわけではありません。ただ、長時間の移動や慌ただしい日程を以前ほど楽しみに思えなくなっていたのです。
里枝子さん自身も、同じでした。
「60代のころなら朝から夜まで歩けたでしょうけど、今は旅行先でも休憩の場所を考えます。行けないわけじゃない。でも同じ旅行はもうできないんですよね」
そこで初めて、夫婦はこれまで先送りしてきたことを書き出してみました。
海外旅行、寝台列車での旅行、少し高い旅館への宿泊。里枝子さんが習いたがっていたピアノも、「月謝がもったいない」と始めないままになっていました。
和夫さんがぽつりと言いました。
「俺たち、何のために貯めてたんだろうな」
もちろん、4,000万円を使い切ればよかったという話ではありません。
年齢を重ねれば医療や介護、住宅の修繕など、今後まとまった支出が発生する可能性があります。夫婦は生活資金を確保したうえで、「使うためのお金」を別に考えることにしました。
まず年間50万円を旅行や趣味に使う予算として取り分けました。
昨年は2泊3日で温泉へ行きました。以前なら価格を見て避けていた露天風呂付きの部屋も選びました。
里枝子さんは、近所のピアノ教室にも通い始めています。
「使うのは今でも少し怖いです。でも、貯金が減らないことだけを目標にしたら、最後まで使えないでしょう」
高齢期の家計では、収入が限られる以上、貯蓄を守る視点は欠かせません。一方で、必要な生活費や将来への備えを確認した後も、漠然とした不安から支出を避け続ければ、資産があっても希望していた経験を先送りすることになります。
体力や興味、家族を取り巻く状況も年齢とともに変わります。「いくら残すか」だけではなく、「いつ、何のためなら使うのか」まで考えておくことも、老後資金を準備するうえで大切なのかもしれません。
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