「体感温度の快適さ」を追求
前回の続きです。そこで鈴木は大きく舵を切ります。
「室内環境まで踏み込み、体感温度を軸に据えよう」
社長からの力強い決意表明だったものの、営業部の社員たちは首を縦に振りませんでした。彼らの主張はこうです。
「体感温度の説明って、マンション業界でそんなこと語れる人なんていませんよ」
「マンションは3Pで勝負なんです。自然の力で涼しくって言っても、本当に涼しくなるんですか? 3P以外の価値軸なんて、カッコいいけど無理です」
「それって原価は上がるんですか? 建築原価が上がるなら、販売価格も上がりますよね。それじゃ売れません」
営業部が本質的に持っていた「不動産は3P(プレイス、プラン、プライス)のバランスで売れる」という不動産業界の常識から脱却できなかったのです。
彼らは他社の先行事例がなく、漠然とした不安や戸惑いを感じていました。
「今まで知らなかった体感温度の理論を学んだとはいえ、それを商品説明ツールでわかりやすくプレゼンするっていってもお客様は理解してくれないと思う。僕らだってよくわからないんだから」
こうした彼らの感情は販売開始後も継続的に心を揺さぶり、不安にさせていました。
彼らがいうように体感温度の快適さの追求に軸足を置けば、建築原価は高くなります。そして正直に言えば、商品企画の段階でもニーズがあるかはわかりませんでした。
鈴木は大きく舵を切るために、リブランの中期経営計画に「体感温度へのイノベーション」をキーワードとして掲げ、過去のライトコート設計(玄関前の吹き抜け空間)の一例を引き合いに出しました。
「今までも北側に配置されるライトコートは涼しい空気をつくり出していた。そこに面する玄関の小窓から、この冷気を室内に取り入れて活用する」と社員に事あるたびに話すようになりました。
社内では主に夏場の体感温度を下げるアイデアを出し合うようになり、従来のマンションにはない建築の工夫、その効果的な暮らし方が具体的に提案されるようになりました。以前より行っていた豊富な植栽は、新しく導入された屋上緑化や壁面緑化とともに夏場の体感温度を下げるよう意味付けされ、その効果的な配置を練り直しました。
また、日射遮蔽や夜間換気によるコンクリートの蓄冷で室内を冷やす工夫など、体感温度をコントロールする設計手法を「エコミックスデザイン」と命名し、暮らし方とセットでマンション事業を具体化していったのです。
「緑のカーテン」を設置したエコミックスデザイン第一号
エコミックスデザイン第一号は2002年完成の「ザ・ステイツ平和台」でした。ライトコート側の小窓だけでなく、バルコニーの日射遮蔽には蒸散作用も期待し、朝顔やゴーヤーなどの一年草でつくる「緑のカーテン」を設置可能とするため、庇にフックを取り付け、プランター置き場や緑化ネットを設置しました。
また、建物全体が緑で包まれるように屋上および壁面の緑化を行い、共用階段にはアイビーなどのツル性植物で、涼しい緑陰をつくり出します。
さらにマンション北側には常緑樹と水路を配置。機械式駐車場の輻射熱を緩和すると同時に、その蒸散作用は天然の涼しい空気をつくり出します。この冷気を各戸に設けた小窓を通し室内に取り込む設計を施したのです。
緑のカーテンは入居者に育ててもらうことになります。つまりエコミックスデザインの設備や設計配慮はデベロッパーが行いますが、実際にそれを活かすのは入居者です。その理解がなければ価値は維持できません。私たちの会社は環境共生型マンションの農園の教訓で痛いほどわかっていたのです。
そこで入居前と入居後の計4回にわたって、暑さと涼しさの仕組みを学び、緑のカーテンを含むエコミックスデザイン効果を検証するマンション内の勉強会を開催しました。モニターのお宅を測定し、そのデータを入居者へ公開することで、2年目以降には緑のカーテンを育て涼しく暮らすご家庭が増えるのを目の当たりにし、コミュニティの力を借りる手法の必要性を学んだのだと思います。
やはりデベロッパーは「必要と思われる設備は用意しました。あとはご自由にお使いくださいませ」ではダメなのです。
入居者同士がお互い緑のカーテンの様子を見せ合い「どうしてこんなに上手に育てられるの?」「なんでお宅はエアコンなしでもこんなに涼しいの?」という会話が日常的に聞こえるようになったと聞きます。こうして「ザ・ステイツ平和台」という、私たちが試行錯誤を繰り返していたエコミックスデザインが新たな第一歩を踏み出したのです。