「お昼、何かある?」毎日繰り返される一言に感じた疲れ
ある日の午前11時半、佳代子さんはリビングで本を読んでいました。すると修一さんが台所をのぞきました。
「今日のお昼は?」
「今日は何も作らないよ」
「じゃあ、何食べる?」
「私も知らない。あなたが決めて」
修一さんは戸惑った様子で冷蔵庫を開けました。その姿を見て、佳代子さんはこれまで言わずにいたことを話しました。
「あなたは仕事を辞めたでしょう。私も辞めたの。でも家のことだけは、私の仕事のままなのよ」
修一さんは「言ってくれれば手伝うよ」と答えましたが、その言葉にも、佳代子さんは引っかかりました。
「手伝ってほしいんじゃないの。2人で暮らしているんだから、一緒にやってほしいの」
修一さんにとって、ゴミ出しや頼まれた家事をすることは十分な分担だと思っていました。一方の佳代子さんは、「何をする必要があるのかを考えるところ」から自分だけが担っていると感じていました。
夫婦は家事を書き出してみることにしました。
朝食と昼食は原則として各自で用意する。夕食は週に2回、修一さんが担当する。スーパーへの買い物も一緒には行かず、必要な物をメモして交代で行くことにしました。
最初からうまくいったわけではありません。修一さんから「何を買えばいい?」と聞かれ、佳代子さんが「それを考えるところからお願い」と返したこともありました。
それでも佳代子さんには、何も予定を入れなくていい午後が少しずつ増えました。
「大げさなんですけど、平日の昼に一人で映画を見に行ったとき、『今日は夕飯まで自分の時間なんだ』と思ったんです。退職して2年たって、やっとでした」
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上の人がいる世帯では、夫婦のみの世帯と単独世帯がそれぞれ約3割を占めています。夫婦2人で過ごす期間が長くなる家庭も珍しくありません。
仕事を辞めれば、会社での役割には区切りがつきます。しかし、家庭内で長年続いてきた役割は、何もしなければそのまま残ることがあります。
料理や掃除を誰がするかだけでなく、献立を考える、日用品の残量を確認するなど、暮らしを維持するために必要なことを誰が引き受けているのか。生活時間が大きく変わる退職は、これまでの家事分担を見直す一つの機会にもなりそうです。
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