「これ分かります?」思わぬところで役立った会社員時代の経験
ある日、ゴミ出しの帰りに近所の男性から呼び止められました。
「明夫さん、パソコン詳しい?」
自治会で配る資料を作っていたものの、表のレイアウトが崩れて困っているというのです。
明夫さんは会社員時代、営業部門の管理職をしていました。パソコンの専門家ではありませんが、会議資料や売上表は日常的に作っていました。
「そのくらいならできますよ」
軽い気持ちで引き受け、翌日、自治会館へ行きました。
資料を直すと、「ついでにこっちも見てもらえない?」と頼まれ、古い名簿の整理や行事案内の作成も手伝うことになりました。
それから月に数回、自治会館へ顔を出すようになります。やがて地域の催しの準備にも加わり、参加者の名簿を作ったり、当日の役割分担を整理したりするようになりました。
「会社なら当たり前にやっていたことなんですよ。そんなことで『助かった』って言われるとは思わなかった」
妻からも、「最近、火曜日になると朝から出かけるね」と笑われました。
明夫さん自身、以前のように毎日働きたいわけではありません。責任の重い役職に就きたいとも思いません。
週に1、2回、数時間だけ出かける。頼まれたことを終えれば帰宅し、午後は自由に過ごします。その程度が今はちょうどいいと感じています。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上で直近1年間に何らかの社会活動に参加した人のうち、生きがいを「十分感じている」「多少感じている」と答えた人は84.6%でした。何の活動にも参加しなかった人では61.7%で、23.0ポイントの差があります。
もちろん、社会活動をすれば必ず生きがいが生まれるということではありません。ただ、明夫さんの場合は、趣味や旅行だけでは埋まらなかった時間に、自分なりの役割ができました。
最近では、自治会館でスマートフォンの使い方を尋ねられることもあります。
「これ、写真どうやって送るの?」
そう聞かれれば、隣に座って一緒に画面を操作します。
「現役のころは、老後のお金ばかり考えていました。6,000万円あれば安心だとか、年金はいくらだとか。でも、暇になったときに何をするかまでは考えてなかったんですよね」
退職後の生活に必要なのは、経済的な備えだけではありません。仕事を離れたあと、どのように一日を過ごし、誰と関わり、どんな役割を持つのかも、長い老後を考えるうえでは重要になります。
仕事を続ける、趣味を楽しむ、地域活動に参加するなど、その形は人によって異なります。明夫さんにとって第二の人生を充実させたのは、新しい何かを一から身につけることではなく、会社員時代には当たり前だと思っていた経験を、別の場所で生かせることに気づいたことでした。
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