「海が見える場所で…」70歳夫婦が考え始めた住み替え
「最後は、海が見える場所で暮らしたいな」
由紀子さん(仮名・72歳)が夫の隆さん(仮名・72歳)にそう話したのは、70歳を迎えたころでした。
結婚して45年。2人の子どもはすでに独立し、夫婦は首都圏の3LDKマンションで暮らしていました。隆さんは65歳で会社員生活を終え、現在の夫婦の年金収入は月約28万円。預貯金は約3,800万円あり、住宅ローンも完済しています。
由紀子さんは以前から海が好きで、旅行先でも海沿いの街を選ぶことが多かったといいます。ただ、隆さんが働いていたころは、移住など現実的に考えたことはありませんでした。
退職後も当初はそのまま暮らすつもりでしたが、生活が落ち着くにつれ、夫婦でこんな話をするようになります。
「ここにあと20年住むのかな」
「住めないことはないけど、せっかく仕事もなくなったんだしね」
自宅周辺にはスーパーも病院もあり、電車で都心へ出るのにも困りません。生活上の不満があったわけではありませんでした。
それでも由紀子さんには、「元気なうちに一度くらい、住みたい場所を自分で選んでみたい」という気持ちがありました。
夫婦はすぐに自宅を売却せず、まず候補地を探すことに。条件として決めたのは、「海が見える」だけではなく、駅とスーパーが徒歩圏内にあり、総合病院へ公共交通機関で行けることでした。
「今は歩けるし、車も運転できます。でも、80歳になったときも同じとは限らないでしょう。旅行なら景色だけで選べるけど、住むとなったら違うと思ったんです」
内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』では、現在住んでいる地域について「日常の買い物に不便」と答えた人は23.9%、「医院や病院への通院に不便」は23.8%、「交通機関が高齢者には使いにくい、または整備されていない」は21.5%でした。年齢を重ねてからの暮らしでは、日々の移動環境が生活を左右することがうかがえます。
夫婦は約1年かけて何度も候補地を訪れました。旅行気分で終わらせないため、観光地ではなくスーパーや病院へ実際に歩き、平日の駅前の様子も確認します。
最終的に選んだのは、海沿いの地方都市。駅から徒歩10分ほどの中古マンションの一室からは、建物の間に海を望むことができました。
「ここなら、車がなくても暮らせそうだね」
隆さんのその言葉で、夫婦の気持ちはほぼ固まりました。
