「最近、電話に出ないね」息子を心配した母に返ってきた言葉
「しばらく連絡しないでほしい」
長男からそう告げられたとき、和子さん(仮名・72歳)は何を言われたのか、すぐには理解できなかったといいます。
和子さんは夫の正志さん(仮名・72歳)と、築41年になる市営住宅で暮らしています。入居したのは30年以上前。当時は正志さんの収入が多くなく、子ども2人を育てながら家賃を抑えられることが大きな理由でした。
現在は夫婦ともに年金生活で、2人合わせた年金収入は月約19万円。預貯金は約1,000万円です。子どもたちはすでに独立し、長男の健太さん(仮名・45歳)は妻と中学生の娘との3人暮らし。自宅までは電車で1時間ほどの距離です。
以前は月に1、2回ほど長男一家が遊びに来ていました。ところが孫が中学生になると、部活動や友人との予定が増え、家族そろって訪ねてくる機会は減っていきます。
和子さんは寂しさを感じながらも、「中学生なら仕方ない」と思っていました。その代わり、健太さんに電話をすることが増えていきます。
「最近どう?」「○○ちゃん、部活は忙しいの?」「今度はいつ来られそう?」
最初は週に1回程度でしたが、電話に出なければ翌日にかけ直すこともあり、数日返事がないと「何かあったのでは」とメッセージを送るようになりました。
ある週末にも電話をかけましたが、健太さんは出ませんでした。翌日もつながらず、3日目にようやく折り返しがあります。
「最近、電話に出ないね。忙しいの?」
すると健太さんは、「仕事も忙しいし、家に帰ったら家のこともあるから」と答えたあと、しばらく黙ってから続けました。
「悪いけど、しばらく連絡しないでくれる? 出られないと何回も電話が来るのもしんどいんだ」
和子さんは思わず、「心配してるだけじゃない」と返しました。
「分かってる。でも、出ないたびに心配されたり、いつ来るのか聞かれたりするのが負担なんだよ」
電話を切ったあとも、その言葉が頭から離れませんでした。
厚生労働省『令和6年 国民生活基礎調査』によると、65歳以上の人がいる世帯のうち、「夫婦のみの世帯」は31.8%、「単独世帯」は32.7%。一方、「三世代世帯」は6.3%となっています。1986年には三世代世帯が44.8%を占めていましたが、現在では高齢期に子ども世代と別世帯で暮らす形が大きな割合を占めています。
和子さん夫婦も、子どもたちが独立してから20年近く、夫婦2人で生活してきました。それでも和子さんのなかでは、離れて暮らす長男一家のことを気にかける時間が、いつの間にか以前より増えていたのです。
