67歳での気づき「この生活、いつまで続けられる?」
決定打になったのは、Aさんが67歳のときでした。腰を痛め、2週間ほど車の運転を控えることになったのです。
「そのとき初めて怖くなったんですよ。ここ、車に乗れなくなったら生活できないなって」
それまで、「スーパーまで車で15分」という距離をそれほど不便だと思っていませんでした。しかし車を運転できなければ、その15分は一気に大きな壁になります。
国土交通省の「交通政策白書(令和8年版)」でも、地方部では公共交通の利便性が低く、自家用車への依存度が高いことを指摘されています。高齢になるほど「運転できなくなった場合の移動」が生活上の大きな問題になるのです。
さらに東京には、Aさん夫婦の子どもや昔からの友人がいます。「自然のなかで静かにのんびり暮らしたい」と思っていた当初。しかし年齢を重ねるにつれ、「病院が近いほうがいい」「歩いて買い物に行きたい」「友人と気軽に会いたい」という希望のほうが強くなっていきました。
そこで筆者は、夫婦にこんな提案をしました。
「家を持つことを前提に考えるのをやめてみませんか?」
月14万円の賃貸、「家賃がもったいない」と思わなくなった
夫婦が最終的に選んだのは、東京都内の2LDKの賃貸マンションでした。家賃は管理費込みで月約14万円。地方の持ち家なら家賃は0円ですから、表面的には大幅な支出増です。
しかし車は手放しました。庭の手入れも必要ありません。給湯器や建物設備に問題が起きても、原則として自分たちですべて修繕費を負担するわけではありません。スーパー、病院、駅は徒歩圏内です。
Aさんは笑いながらいいました。
「少し前の自分なら、毎月14万円も家賃を払うなんて絶対イヤでした。でもいまは、この14万円で『なにもしなくていい権利』を買っているような感じがします」
これは老後の住まいを考えるうえで、とても重要な感覚だと思います。持ち家なら家賃がかからない。地方なら土地も住宅も安い。確かにそれは事実です。
しかし老後に必要なのは、単純な「住居費の安さ」だけではありません。車がなくても生活できるか。家の管理を70代、80代になっても続けられるか。病院やスーパーへ行けるか。人とのつながりを保てるか。そして、環境が合わなかったときに簡単に移動できるか。こうした「暮らしの流動性」にも、大きな価値があります。
地方移住そのものが悪いわけではありません。Aさん夫婦も「移住した5年間を後悔しているわけではない」と話しています。ただ、老後の理想の暮らしは、60代と80代で同じとは限りません。住居を選ぶときには、「ここで暮らしたいか」だけではなく、「ここから動きたくなったとき、動けるか」まで考えておく。それが、長い老後を穏やかに暮らすための大切な視点なのかもしれません。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー
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