父との約束以外に土地を手放せない理由
それでも、父との最期の約束が直樹さんの心を縛っていました。「父や祖父やその前の世代が守ってきたのに、自分の代で土地を手放すのは申し訳ない」、そして「世間から『代々の土地を売った』と思われるのではないか」そんな思いが頭をよぎります。
地元で「あの家は土地を手放した」といわれることには抵抗がありました。土地そのものより、「土地を手放す人間になりたくない」という感情が、直樹さんを縛っています。
「父さんが生きてたら、俺が土地を売るなんていったら絶対反対するよ」
迷う直樹さんに、美穂さんは問いかけました。
「じゃあ、お義父さんはなんのために土地を残したの?」
「なんのためって……家のためだろ」
「その家って、なに? 土地のこと? 名字のこと? それとも、私たち家族のこと? ……ご先祖様を守るために、いまの家族を犠牲にするの?」
その一言に、直樹さんはなにも返せませんでした。娘の学費を惜しみながら、誰も使っていない土地には毎年お金を払い続ける――。家族を守るために残されたはずの財産が、いつの間にか家族の選択肢を奪っている。それでも「父との約束だから」と持ち続けることは、本当に父の意思を守ることになるのでしょうか。
数日後、直樹さんは娘と改めて向き合いました。なぜその大学へ行き、なにを学びたいのか。娘の言葉に耳を傾けるなかで、直樹さんは「すべての土地をそのまま残す」という固定観念を捨てる決断をします。
一口に「先祖代々の財産」といっても、役割は一様ではありません。
・思い入れがあり、今後も家族にとって意味を持つ土地
・見直しにより収益改善が見込める不動産
・将来も活用する予定がなく、維持費だけがかかる土地
「売るか、残すか」という二択ではありませんでした。直樹さんはそれぞれの土地の役割を見直し、手放すべき土地の売却や、活用の再設計を進める方針へと切り替えました。売却によって得た資金を家族の教育費や本業の備えへ振り分けることで、家計の健全化を図ったのです。
「父さん、ごめん。でも父さんのお陰で幸せだよ」直樹さんは仏壇に向かっていいました。
「資産を受け継いだ人」にしかできない役割
筆者は、相続した不動産について考えるとき、「守ること」と「残すこと」を同じ意味にしてはいけないと思っています。思い入れのある土地を持ち続けること自体は、間違いではありませんが、「相続したものだから」という理由だけで収益性や維持コスト、将来の使い道を検討しないことはリスクを伴います。
親から受け継いだ資産を、そのまま次の世代へ渡すことだけが、「守る」ということではありません。時代や家族の状況に合わせて形を組み替え、次の世代が有効に活用できる状態で残すことは、受け継いだ人間にしかできない役割です。親が残した資産によって、子どもや孫の人生の選択肢が増えれば、資産を次世代に繋いだ本当の意味となるのではないでしょうか。
直樹さんに必要だったのは、先祖から受け継いだものを捨てる覚悟ではなく、「いまの家族にとってなにを残すべきか」を考え直す覚悟だったのかもしれません。
なにを残し、なにを変えるのか。その答えを数字と現実から考え、実際の行動に移して初めて、資産は家族の未来を支えるものになると考えます。
萩原 峻大
東京財託グループ 代表
資産形成・経営アドバイザー
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