父親の老後のための土地を手放す羽目になった超絶・親不孝
そこから、その銘柄の株価は鬼のように上昇していき、母親に頼んで、銀行から借金をしてまで、いわゆる「追い証」を入れまくったのです。しかし、仕手株化した株価の上昇力は半端ではなく、株価が「3890円」になったところで、力尽きて玉砕。
5000万円の自己資金はゼロになり、残ったのは銀行からの借金1500万円。この1500万円は父親が老後に別荘暮らしをしようと思って買ってあった、三重県長島町の温泉付きの土地を担保にして借りたものだったので、その土地を手放す羽目になりました。超絶・親不孝です。
せめてもの救いは、その時点でも、不動産市況はまだバブっていたため、その長島町の土地は、最高値で売れたことですが、そんなことよりも、この大破綻劇は、それはそれは壮絶なものでした。
一時は、本気で首をくくろうかと思い詰めるところまでいきました。
「3年前に、バイクの大事故では命拾いをしたけれど、もはやこれまでか。あの事故から3年も生き長らえることができて、やっぱり儲けものだったではないか。だから、ボクの人生をここで終わらせても、3年くらい得したじゃないか」と思ったものです。
しかし、「それでは、さらに究極の親不孝になってしまうではないか!」ということにも気づいたので、なんとか思いとどまりました。そして、その時に、心に固く誓ったのです。
「この大損は、必ずや取り返してやる! この大損は、証券取引所に預託金として預けただけだ。利息をヤマほど付けて、必ずや引き出してやるゾ!!」
あの時の仕手株の空売りで焼け野原になったという経験があったからこそ、この執念を燃やすことができたのです。
そして、この執念があったおかげで、私は現在までに株式投資で、ある程度の財を成すことができたのだと確信しています。最後に、あの時の大損は、預託金として預けた証券取引所から利息をヤマほど付けて、とっくの昔に取り返した、ということを付言します。

