大事故の保険金1500万円をもとでに株式投資をスタート
大事故で、1500万円くらいの保険金を手にした私は、その資金を元手にして、かねてからのバブル経済に乗るかたちで、株式投資を始めました。1987年の年末頃だったと記憶しています。1987年の10月には、NYでブラックマンデーが勃発して、日本株も比較的大きく下落しました。
その少し後から株式投資を始めて、1500万円の初期資金は、1990年初にバブルが弾けるまでの2年とちょっとで、4000万円くらいまで増えていました。ビギナーズ・ラックということもありましたし、なにより、あの真性バブルが後押ししてくれていましたから、そのくらいのことは、あちこちで起こっていたようです。
そして、1990年の年初から、バブルが弾けたので、私もご多分に漏れず、年初からの2ヶ月ほどで、数百万円規模の損失を経験しました。
そしてその頃、折り悪くと言いましょうか、その時点で2年ほどの株式投資経験があったので、信用取引というものがあって、その中の「空売り」というものは株価が下がれば儲かるという仕組みだということを知っていたのです(逆に、株価が上がると、その分だけ損をするというのが、「空売り」の制度です)。
1990年の年初からの下落の勢いがあまりにすさまじいので、1990年の2月くらいからは、主に「空売り」を手がけ始めました。
「最初のうち」は面白いように儲かった空売り
最初のうちは、空売りで面白いように儲かり、数百万円規模の損失はすぐに埋まり、総資金はアッという間に5000万円を超えました。1990年の6月、私が29歳の頃です。
そして、調子に乗った私は、3ヶ月くらいの短期間に株価が800円から1600円に2倍近くまで上昇した銘柄を発見して、今後は株価が下がるだろうと予想したその銘柄に空売りを仕掛けました。
それからも、株価がどんどん上がっていくので、追加で空売りを仕掛けました。含み損は数百万円になったのですが、その後、一度だけ損益がトントンになるところまで状況が改善しました。株式市場において、「神は一度だけ救う」と言われている現象が生じたのです。
しかし、青二才だった私は、月並みながら、「一時的とはいえ、数百万円の含み損を抱える羽目になったのだから、損益がトントンでは、やってられない!」と考えてしまい、そのトントンのところで決済することをしませんでした。

