相続人が行方不明でも、勝手に遺産分割することはできない
今回の最大の課題は、甥の所在がわからないことでした。
「何年も会っていないのだから、その人を抜きにして分ければいいのではないか」
そう考える人もいるかもしれません。
しかし、法定相続人である以上、交流がなくても相続権がなくなるわけではありません。
行方不明だからといって、その人を除外して遺産分割協議を行うことはできないのです。
一般的には、相続人の所在がどうしても確認できない場合、家庭裁判所に「不在者財産管理人」の選任を申し立てる方法があります。
不在者財産管理人とは、行方不明者に代わって財産を管理する人です。
ただし、選任までには所在調査などの手続きが必要で、時間もかかります。
さらに、弁護士などが管理人になる場合、報酬に備えて裁判所から予納金を求められることもあります。
今回のように相続財産そのものがそれほど大きくないケースでは、手続きに費用をかけすぎると、相続人の手元に残る財産がさらに少なくなってしまいます。
そこで、不在者財産管理人の申立てを準備しながらも、最後まで甥本人を探すことにしました。
「行方不明だから仕方がない」で終わらせない
まず、司法書士と連携し、不在者財産管理人を申し立てる場合に備えて必要な資料を整えました。
裁判所から確認されることを想定し、これまでどのような方法で甥を探したのか、実家や財産を誰がどのように管理しているのかなどを整理していきました。
一方で、相続手続きが長引いても対応できるよう、実家については売却に向けた準備を並行して進めました。
さらに重要だったのが、長女たちが立て替えてきた費用の「見える化」です。
葬儀費用や不動産の処分費用だけでなく、ゴミの処分費など細かな支出についても領収書を整理しました。
長年交流のなかった姪や甥からすれば、突然、「これだけ費用がかかったので差し引きます」と言われても、納得できない可能性があります。
そこで、第三者が見ても何にいくら使ったのかわかるよう、明細を作成したのです。
家庭裁判所の調査で、行方不明だった甥が見つかった
不在者財産管理人の申立てを進めるなかで、大きな転機が訪れました。
家庭裁判所の調査によって、これまで所在がわからなかった甥の居場所が確認されたのです。
甥は相続手続きを拒否していたわけではありませんでした。
お父さんが亡くなったことや、長女たちが実家の片付けや各種手続きを続けていたことを知ると、「遺産分割には協力します」と応じてくれました。
本人と直接連絡が取れるようになったため、不在者財産管理人を選任する必要はなくなり、申立ても取り下げることができました。
1円単位まで明らかにしたことで、全員が納得
その後、姪と甥を含む4人に財産目録と支出明細を提示しました。
実家を片付けるために何度もゴミを運び出したこと、長女たちが費用を立て替えてきたことも、領収書や明細を見れば一目でわかります。
姪と甥も事情を理解し、費用を精算したうえで法定相続分どおりに財産を分けることに納得されました。
最終的に実家は550万円で売却。
立替費用などを精算したあとの正味財産2,772,643円について、相続人4人全員が遺産分割協議書に署名、捺印しました。
長女たちが立て替えてきた費用も精算され、空き家となっていた実家の問題も解消しました。
最初の相談から解決までは、約1年。時間はかかりましたが、相続人全員が納得できる形で相続を終えることができたのです。
相続実務士の視点
今回の相続では、父親より先に長男が亡くなっていたことで、20年以上交流のなかった孫が代襲相続人となりました。
姪とは連絡が取れましたが、甥の所在がわからず、遺産分割そのものが止まってしまいました。
もし、お父さんが生前に遺言書を作成し、財産を誰にどのように相続させるのかを決めていれば、今回のように相続人全員で遺産分割協議を行わずに済んだ可能性があります。
相続対策というと、多額の財産を持つ人のためのものだと思われがちです。
しかし、実際には「誰が相続人になるのか」が複雑な家庭ほど、財産額にかかわらず事前の準備が重要になります。
子どもが先に亡くなっている、離婚した子どもに子どもがいる、長年連絡を取っていない親族がいる――。
こうした事情があれば、自分では「関係のない人」と思っている相手が、法律上の相続人になることもあります。
そして相続が発生してから、その人の所在を確認し、連絡を取り、協議に参加してもらうのは、残された家族です。
遺言書は、自分の財産の行き先を決めるためだけのものではありません。
残される家族に、余計な時間や費用、精神的な負担を背負わせないための準備でもあるのです。
曽根 惠子
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
