オペラ界の大スターも愛した帝国ホテルの創意と挑戦
帝国ホテルとオペラ界との縁も深く、1934年(昭和9年)、滞在したロシア人オペラ歌手、フョードル・イワノビッチ・シャリアピン〔1873―1938〕のために生み出されたステーキが、帝国ホテルの伝統料理となっている。その料理は、玉葱に漬け込み、柔らかく仕上げた牛ランプ肉と、ソースの代わりにみじん切りの玉葱のソテーをたっぷり載せたステーキである。和食の「すき焼き」に着想を得たとあって、ソテーの甘さと牛肉の旨みが絶妙な逸品である。
このステーキは、2年後の1936年(昭和11年)に再来日したシャリアピンの承諾を得て、正式名「シャリアピンステーキ」となった。欧米で親しまれてきたステーキが、日本において独自の発展を遂げた一皿と言える。音楽と食文化がつなぐストーリーの背景を知る楽しみもまたエンタテインメントのひとつである。
そして、大正・昭和に活躍したオペラ界の大スター、藤原歌劇団の創設者でもあった藤原義江〔声楽家 1898―1976〕が、帝国ホテルを定宿とし、晩年は自宅同様に過ごしたことは広く伝えられている。筆者の考えでは、音楽界の著名人によって創られたストーリーは、ホテルを訪れる者にとっても誇りと愛着が伴い、時空を超えて「感情共有」される追体験になると思われる。
2005年、帝国ホテル大阪で始められたイベントであるオペラとディナーの饗宴が楽しめる「オペラシアター」が好評だったため、続いて2007年に帝国ホテル東京で「ジ・インペリアルオペラ」と題し、藤原歌劇団によるオペラが開演された。東京公演は、2024年4月で通算16回目を迎え、新たな伝統を築いた(藤原歌劇団・日本オペラ協会ウェブサイト)。
音楽エンタテインメントが生み出す、ホテルでの感情的な経験
このように、ホテルビジネスと音楽エンタテインメント・ビジネスは、相互に新たな価値を創造するために密接に連携している。
ホテル側は、上質なホスピタリティ、外観にも館内にも広がる非日常空間、各所に展示されている芸術作品、そこでしか味わえない創造性のある美食などに加えて、音楽エンタテインメントを活用することで、さらなる感情価値を顧客へのサービスに埋め込んでいる。
これらの重層的なサービス提供は、訪れる顧客に対して継続的な来訪を促す重要な要素である。ホテル側にとって利益を生み出す源泉は、幸福感を顧客側と「感情共有」するための、滞在経験の提供と捉えることもできる。
訪れる顧客は、多彩な感情的な経験がもたらされることによって、ホテル滞在中はもちろんのこと、帰路に至るまで心地良い豊かな余韻を享受しているのである。
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