音楽演奏で新たな伝統を構築する――帝国ホテルの取り組み
フィールド・リサーチの対象としたのは、帝国ホテル東京で毎夏開催されているホテル発、都市型屋内ジャズフェスティバル「インペリアルジャズ2024 イッツエンターテインメント」(8/13)である。帝国ホテルは、宿泊、宴会サービス、レストランなどを複合的に展開しているが、この音楽イベントは、前夜祭となるディナーショー(8/12)と2日間連続で開催される。帝国ホテル大阪でも、ジャズフェスティバルを東京開催と日程を変えて開催している。
観光地においては、ホテルの役割は宿泊や食事の提供だけではなく、文化体験の提案が含まれることも多い。さらに、ホテルの建造物そのものが、観光資源となる場合もある。
帝国ホテルは、2026年3月、京都(東山区祇園町)に、「帝国ホテル京都」を開業した。国の登録有形文化財に指定されている祇園甲部歌舞練場の敷地内にある、同じく国の登録有形文化財である弥栄会館の一部を保存活用して運営している。
弥栄会館は、当初は演劇や人形浄瑠璃、その後は映画館、ダンスホール、コンサートなどの多彩な興行に利用され、地域の人々に長く親しまれてきた。帝国ホテル京都は、花街の文化・歴史を未来に残しながら、祇園甲部歌舞練場一帯を中心とした地域社会に、新たな歴史を刻むことで、持続的な発展に取り組んでいる(帝国ホテルウェブサイト)。
日本の歴史を象徴する建造物を活用したホテルは、非日常空間における唯一無二の顧客体験を提供する観光資源である。かつ、歴史的、⽂化的背景を世界に発信し、日本の魅力を高めるうえで重要な役割を担っている。ホテルは、そのものが有形の文化資源として機能することに加えて、多様性のある文化の発信拠点としても機能する。
帝国ホテルは、重要な日本的価値を歴史に据えて、ブランドを高めるために伝統を継承すると共に、進取の精神で新しい伝統の創造に努めている。
ホテル内で涼やかに音楽が楽しめる「インペリアルジャズ」
帝国ホテル東京で行われるインペリアルジャズは、2004年から新しいジャズの祭典として続いており、2024年で20周年を迎えた。多彩なアーティスト総勢40余名で、ジャズを主体にスイング、ラテン、ポップス、クラシック、オリジナル、歌謡曲、即興曲などを繰り広げる。
訪れる観客は、ジャズの生演奏と食事、ドリンク、デザートを楽しみながら、ホテル内の3つの会場とプロムナードを自由に回遊することができる。
フェスティバルの特長は、会場ごとに異なるバンド編成による多彩なコンセプトの音楽演奏を楽しめることである。ジャズを主体とした懐かしいLPレコードをじっくり聴くことができるオーディオルーム「蘭の間・本館2F」も用意されていた。2024年東京開催、前夜祭の来場者数は、およそ200名、フェスティバル当日は、およそ700名だった模様だ。
フィールド・リサーチで、筆者が参加した前夜祭では、ディナーショーのメインとなる大宴会場「孔雀の間・本館2F」で、テーブルごとに配置されたスタッフによる丁寧な接客で出迎えられた。
ディナータイムが始まると、参加者にシャンパーニュが提供され、上質なフレンチディナーとワイン、リクエストに応じたカクテルの注文にもスタッフが迅速に対応していた。
「孔雀の間・本館2F」特設ステージで『インペリアルジャズ20thアニバーサリーナイト』ショーが始まると、参加者は座席に着いたまま、寛いで音楽を鑑賞することができる。同じテーブルを囲んでいる初対面の参加者同士が、すぐに打ち解けて会話が弾んでいくのも、「ジャズ」という音楽演奏がもたらす「感情共有」の表れのひとつである。
帝国ホテルは、ディナーショーを国内でいち早く取り入れたホテルでもある。伝統を継承したホスピタリティとラグジュアリーを融合させたサービスに、「音楽演奏」という体験を加えることで、新たな顧客獲得に注力していることがうかがえる。
2日目のジャズフェスティバルのオープニング公演は、前夜祭と同じ「孔雀の間・本館2F」特設ステージで、華々しいビッグバンド演奏から始まった。オープニング公演が終わると、ホテル内に設営された3会場とプロムナードを回遊しながら、異なるコンセプトのジャズ公演を思いのままに鑑賞できる。
「牡丹の間・本館2F」では、ジャズピアニストの高木里代子とジャズギタリストの小沼ようすけによって、観客参加型のジャズ演奏が行われていた。まず、観客の1名に、その場で浮かんだ短いフレーズをピアノで弾いてもらう。そして、その短いフレーズをテーマ(主題)に、2名の演奏家が即興曲を創り上げていく。ジャズ本来が持っている即興演奏の醍醐味を、観客を巻き込みながら体感できる一幕であった。
ジャズフェスティバルは、14時から始まる。観客は、ファイナルステージが終了する20時まで、帝国ホテルの館内に6時間余り滞在しながら音楽演奏を存分に楽しむことができる。
ジャズフェスティバルに、10年以上前から出演するトロンボーン奏者・編曲家の三塚知貴に、2024年開催のコンセプトを伺った。三塚によれば、かつて、日本では1980年から90年代前半にテレビの音楽番組が最盛期を迎えていた。その時代の音楽番組は、ビッグバンドの演奏スタイルが定番となっていた。
今回は、その頃の活気に満ちて華やかだったビッグバンド黄金時代の記憶を、参加者と共有する楽曲プログラムが立案された。三塚は、インペリアルジャズ2024東京・大阪開催で演奏された楽曲のうち7曲の編曲を担当し、自らもビッグバンド「スインギー奥田&ザ・ブルースカイオーケストラ」のメンバーとして、現在のインペリアルジャズを支えている。
2024年までの東京・大阪開催を合わせると、来場者数は延べ約4万6,000名、出演者数は延べ約2,000名となった(帝国ホテルニュースリリース)。
続く2025年に、帝国ホテルは開業135周年の節目を迎えた。この年のフェスティバルは、昭和100年にちなみ「軽音楽の歴史」をテーマとして開催された。インペリアルジャズ2025(8/12)東京開催では、生演奏を鑑賞できる会場が1カ所増えて、会場とプロムナードを回遊できる楽しみがさらに広がった。
出演者は、ジャズヴァイオリニストの寺井尚子、ジャズピアニストの山下洋輔ほか、俳優の中村梅雀がベーシスト、宝塚歌劇団出身の和央ようかがヴォーカリストとして参加した。
ファイナルステージでは、出演者が勢揃いし、スインギー奥田&ザ・ブルースカイオーケストラと、再結成された原信夫とシャープス&フラッツの2組のビッグバンドによるダイナミックな演奏と共に、豪華なショーを締めくくった。
三塚によれば、今回もジャズのみならず昭和歌謡をはじめ、インペリアルジャズファン層のニーズに合った選曲、プログラムになっていた。真夏の開催なので、とても涼やかにホテル内で楽しめるフェスティバルだったと語っている。
インペリアルジャズが開催される起点となったのは、「ザ・ブルースカイオーケストラ」〔創設者の奥田宗宏が1934年(昭和9年)に命名〕として本格活動を始めたビッグバンドとの関わりによるものである。
バンドの創設者であった奥田宗宏の跡を継いだ息子の現バンドリーダー奥田英人は、インペリアルジャズのプロデュースを手掛けており、ショーの進行、ビッグバンドの指揮、ドラム・打楽器奏者として演奏も行う。

