「自分で何とかして」同居3ヵ月で聞いた言葉
生活費以上に節子さんを苦しめたのは、家族に頼らなければ生活できない場面が増えたことでした。
以前のアパートでは、近所のスーパーまでゆっくり歩いて買い物へ行けました。しかし、息子宅の周辺は坂道が多く、最寄りの店までも距離があります。
節子さんは裕美さんに買い物を頼むようになりました。通院の日には、浩二さんに車で送ってほしいと伝えます。当初は応じてくれていた二人も、次第に疲れを見せ始めました。
ある朝、節子さんが裕美さんに「お昼に食べるパンを買ってきてもらえる?」と頼むと、返ってきたのは思いがけない言葉でした。
「私も仕事があるんです。昼間くらい、自分で何とかしてもらえませんか」
責めるような口調ではありませんでした。それでも節子さんは、それ以上何も言えなくなります。
その日の昼食は、部屋に残っていた菓子だけで済ませました。
夜になって浩二さんへ相談しましたが、「裕美も疲れているんだよ。母さんの世話を全部任せるわけにはいかない」と言われます。
「世話をしてもらうつもりで来たわけじゃありません。でも、知らない場所で、一人で何でもできるほど元気でもなかった。こんなはずじゃなかったと思いました」
節子さんはアパートへ戻ろうとしました。しかし、すでに退去済みで、以前と同程度の家賃の物件を新たに借りるには、敷金や引っ越し費用が必要です。預貯金50万円では、その後の生活も不安でした。
家族だけで解決するのは難しいと考えた浩二さんは、地域包括支援センターへ相談。職員との面談を通じ、節子さんは要介護認定を申請することになりました。
介護保険サービスを利用するには、原則として市区町村へ要介護・要支援認定を申請し、訪問調査や主治医意見書などに基づく判定を受けます。認定後は、要介護度に応じたケアプランを作り、訪問介護や通所型サービスなどを利用できます。
節子さんは要支援2と認定され、週2回の通所型サービスを利用することに。買い物についても、宅配サービスと家族の協力を組み合わせ、浩二さん夫婦だけに負担が集中しない方法を考えました。
生活費は月3万円に変更し、通院の送迎が難しい日は介護タクシーなどを利用します。節子さんの部屋には小型冷蔵庫を置き、簡単な朝食や昼食を自分で用意できる環境も整えました。
家族だから自然に助け合えると考えるのをやめ、誰が何を担うのかを決め直したのです。
「息子の家へ来れば、何も心配しなくていいと思っていました。でも、家族にも生活があります。私に必要だったのは、ただ一緒に住むことではなく、一人ではできないことをどう支えてもらうか、最初に話し合うことでした」
節子さんが同居3ヵ月で突きつけられたのは、息子夫婦の冷たさだけではありません。住む場所を変える前に、自分の収入や身体の状態、家族が担える範囲を確認しておく必要があるという現実でした。
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