妻の沈黙は、突然始まったものではなかった
祐介さんが深刻さに気づいたのは、長女の進路希望を学校からの書類で初めて知ったときでした。
「県外の大学を考えていたのか?」
長女に聞くと、美香さんが言いました。
「その話、前にもしたよ」
「聞いてない」
「あなたがスマホを見ながら『あとで』って言ったの」
祐介さんは反論できませんでした。自分が覚えていないだけで、美香さんは確かに伝えていたのでしょう。
さらに、美香さんが家計や子どもの予定をまとめたノートを作り、一人で決めたことを記録していると知りました。
「どうして相談してくれなかったんだ」
「相談しても結局、私が決めることになるから。最初から一人で考えたほうが楽なの」
祐介さんはここで初めて、妻の沈黙が自分を困らせるための行為ではなく、失望を繰り返さないための防御だったと気づきました。
美香さんは「このまま子どもが独立したあと、二人だけで暮らせる自信がない」と打ち明けました。
祐介さんは、すぐに「これから手伝う」と約束しかけました。しかし、美香さんから「手伝うという言い方がすでに違う」と指摘されました。家事や子育ては妻の仕事で、自分は補助する側だという意識が表れていたからです。
そこで夫婦は、まず生活上の役割をすべて書き出しました。食事や掃除だけでなく、学校からの連絡確認、日用品の在庫管理、家族の予定調整、親の通院など、目に見えにくい作業も含めて分担します。
祐介さんは、毎週の買い物と夕食づくりを一部担当し、長女の進学費用についても自分で資料を確認することにしました。会話の際にはスマートフォンを置き、その場で対応できない場合は、いつ話すかを具体的に決めました。
すぐに以前の関係に戻ったわけではありません。美香さんは、祐介さんが数週間行動を変えただけで「もう変わった」と判断することにも警戒していました。
それでもある夜、祐介さんが長女の進学先について調べた内容を話すと、美香さんは久しぶりに自分の考えを返してくれました。
夫婦の会話が途絶える背景には、「言っても聞いてもらえない」という長年の諦めが隠れていることがあります。沈黙を責める前に、相手が話すことをやめた経緯を振り返ることが必要です。
関係を立て直すには、謝罪や一時的な家事参加だけでなく、家庭を一緒に運営する姿勢を行動で示し続けることが欠かせないのかもしれません。
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