「自分が我慢すれば済む」と過ごしてきた半世紀
幸子さん(仮名・74歳)は、79歳の夫・昭夫さん(仮名)と50年以上連れ添ってきました。幸子さん自身の年金は月13万円ほど。二人で暮らす分には大きな贅沢をしなければ生活は成り立っていました。
若い頃から、昭夫さんは家のことをほとんどしない人でした。仕事一筋で、家事や子育ては幸子さんが担うのが当然という雰囲気がありました。幸子さんは「そういう時代だった」と自分に言い聞かせ、文句を言わずに過ごしてきました。
しかし夫が退職して家にいる時間が増えると、生活は大きく変わりました。朝食の時間、テレビの音量、食事の味付け、部屋の片づけ方。昭夫さんは細かなことに口を出すようになりました。
「味が薄いな」
「昼飯はまだか」
「あれはどこにあるんだ」
一つひとつは些細な言葉かもしれません。それでも毎日続けば、幸子さんの心には重く積もっていきました。
ある日、幸子さんが友人との外出から少し遅れて帰ると、昭夫さんは不機嫌そうに言いました。
「夕飯の支度もせずに、よく遊んでいられるな」
その言葉に、幸子さんは初めて言い返しました。
「私だって、ずっとあなたの世話をするためだけに生きているわけじゃない」
昭夫さんは驚いた顔をしました。幸子さん自身も、自分の声が震えていることに気づきました。
その後も状況は大きく変わりませんでした。幸子さんが体調を崩して横になっていても、昭夫さんは「夕飯はどうするんだ」と聞きました。もはや悪気があるわけではなく、妻が家のことをするのが当たり前だと思い込んでいたのです。
「これ以上は一緒に暮らせない……」
そう思ったのは、幸子さんが軽いめまいで通院した日のことでした。医師から無理をしないよう言われたにもかかわらず、帰宅後すぐに夫の食事の準備をしている自分に気づき、涙が出ました。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得約11.8万円に対し、消費支出は約14.8万円で、平均では毎月約3万円の不足が生じています。幸子さんの年金月13万円も、一人で暮らすには決して余裕のある金額ではありませんが、それでも幸子さんは「少し離れなければ自分が壊れる」と感じていました。
