家族会議で語られた「選ばれなかった側」の本音
数週間後、佐伯さんは長男と長女をホームに呼びました。最初、長女は来ることを渋った様子。
「どうせまた、美咲ちゃんの話でしょう」。電話口でそういわれたそうです。結局、長男があいだに入り、ホームの面談室で家族会議が行われることに。筆者も同席し、まずは佐伯さんの資産状況と今後の生活資金、過去の贈与の整理表を説明しました。
美咲さんへの援助が2,000万円を超えていること。ほかの孫たちとの差があること。このまま金融資産の大半を美咲さんに遺贈すれば、長男・長女のあいだだけでなく、美咲さんといとこたちの関係まで悪くなる可能性があること。
説明を聞き終えた長女は、「お父さんは、うちの子たちの名前を覚えていないんじゃないかと思っていました」といいました。佐伯さんは、「そんなことはない」と、首を振ります。
「でも、美咲ちゃんの学校や留学や、成績の話は何度もしていた。うちの子が専門学校に入ったときは、『それで食べていけるのか』って」
佐伯さんは躊躇った様子で、「すまなかった。お前たちを軽くみているつもりはなかった」と返したものの、長女は、すぐには頷きませんでした。
当然でしょう。数十年分のわだかまりが、一度の謝罪で消えるわけではありません。ここで、佐伯さんと考え直した案を説明しました。
まず、佐伯さん自身の老後資金を確保する。次に、遺言書では長男と長女の取り分を明確にし、遺留分を巡る争いが起きにくい形にする。さらに、孫5人については、すでに多額の支援を受けた美咲さんを除き、相続税の2割加算に配慮のうえ、ほかの孫たちにも一定の支援枠を設ける。ただし、それは「美咲さんと同額にするための埋め合わせ」ではありません。
「祖父として、遅れてでも全員の人生を応援したい」。その趣旨を、佐伯さん自身の言葉で伝えることが目的でした。
遺言書の付言事項には、佐伯さん自身の言葉を残すことに。
