新規市場を開拓するか、新製品を開発するか、それとも両方か
企業の成長戦略を考えるうえで、古典的でありながら今なお有効なフレームワークが「アンゾフ・マトリクス」です。縦軸を「既存市場/新規市場」、横軸を「既存製品/新製品」に分け、4つの象限で戦略の方向性を示します。このフレームワークを改めて見直すと、いずれの戦略においても「ターゲット理解」がいかに重要かよく分かります。
①市場浸透戦略(既存市場×既存製品)
既存の商材で、既存市場における成長を目指す戦略です。市場全体が拡大している局面であれば自然成長も期待できますが、成熟市場や少子高齢化が進む国内市場のようにマクロ環境が伸びにくい場合、成長は容易ではありません。その場合、既存顧客への販売量や利用頻度を高める、あるいは競合他社の顧客を獲得して市場シェアを拡大するなど、明確な打ち手が求められます。
自分では十分に理解していると思っている既存顧客のなかに、まだ気づいていないニーズはないのか。競合に対する自社製品の優位性を、どのように構築し、どう伝えるべきなのか。
「ターゲット理解」というと、新製品開発や新規市場への進出時に必要なものだと誤解されがちです。しかし、値引き競争に陥らずに既存事業を成長させるためにも、顧客理解の深化は不可欠です。既存顧客との対話を深めるだけでなく、社外の視点も取り入れながら、改めてターゲット像を捉え直す必要があります。
②新製品開発戦略(既存市場×新製品)
既存の市場や顧客に対して新たな製品を投入し、取引の幅を広げる戦略です。例えば、工作機械メーカーが、顧客にとって重要な人手不足の解消や効率化へのニーズを的確に捉え、機械を自動制御するソフトウェアを開発して提供するケースが挙げられます。既存顧客を相手にするからこそ、表面的な要望ではなく、その背後にある課題を深く理解することが成果を左右します。
新製品の開発には、技術研究や設備投資に加え、不足するスキルを補うための外部人材の確保など、多くの時間と資金がかかります。こうしたリスクに見合う成果を得るためには、ターゲットを深く理解し、新製品が市場で受け入れられる可能性を高めることが不可欠です。
顧客は何を達成したいのか。その目的を阻んでいる障壁は何か。なぜ既存製品では十分に解決できないのか。そして、その解決にどれだけの対価を支払う意思があるのか。さらに、顧客企業を取り巻く経営環境や、その先の顧客、サプライヤー、競合の状況まで視野に入れて理解を深めることができれば、次に求められる製品を先回りして提案できる可能性が高まります。
既存の顧客基盤を販路として活用できるのは、この戦略の大きな利点です。しかし、真のニーズを捉えられていなければ、多大な時間と費用を投じたにもかかわらず、市場に受け入れられない製品を生み出してしまう危険があります。
③新市場開拓戦略(新規市場×既存製品)
既存製品の販路を、新たな市場へ広げる戦略です。代表的な例としては、海外進出のような地理的拡大が挙げられます。また、これまで特定業界向けに販売してきた製品を、別の業界へ横展開するケースも、このカテゴリーに含まれます。
一見すると従来の市場と似ているように見えても、法制度や業界構造、商慣習、主要な販売チャネル、マーケティング手法などは大きく異なる場合があります。
これまでの成功体験を前提にせず、先入観を排して対象となる業界を捉え直すことが重要です。そのうえで、その業界に属する顧客の実態を丁寧に把握し、戦略を構築する必要があります。
④多角化戦略(新規市場×新製品)
4つの戦略のなかでも、最も難易度が高いのが、新規市場に新製品を投入する多角化です。例えば、主力だった写真フィルム事業が大きく縮小するなかで、新規事業への転換を果たした富士フイルムは代表的な事例といえます。新規事業の立ち上げ、事業転換が、どれだけ大きなリスクだったか、さまざまなメディアで取り上げられるインタビュー記事や検証記事を読むたびに心打たれます。
弊社・ビザスクに多く寄せられる「既存技術の転用先を探したい」というご相談もこの多角化戦略の一つです。既存製品に用いられている複数の要素技術のなかに、新たな市場で活用できるものはないかを探索したい、というものです。この相談は、要素技術の開発には長い時間と多額の投資が必要だからこそ、技術を起点に活かせる用途を見いだしたいという背景があります。
しかし、事業機会のある市場にたどり着くためには、ターゲット候補の仮説を立て、実際の需要の有無を検証するサイクルを高速で回し続けることが不可欠です。その試行錯誤を重ねて初めて、有望な機会に出会うことができます。


