本能的に時代の流れと民衆の期待を読むトランプ
個人的な想い出から書き始めたい。筆者がドナルド・トランプと会ったのは四半世紀前で、「あなたは将来、大統領に打って出るか」という問いと、「(天下の名門)プラザホテルを買収しようとするのはなぜか?」を聞くことだった。
当時、時事通信社から出ていた『世界週報』に依頼されて、来日中だったトランプの記者会見場にインタビューに出かけたのだ。
トランプは若々しく野心的でキラキラと輝いていた。ボクシングのマイク・タイソンの日本の試合の応援にきていた。長身で金髪が揺れ、すでに映画スター並みの知名度があった。トランプと筆者は同年齢でもある。
「プラザホテルを手に入れたいのは、そこにモナリザの絵があったら、どうしても欲しいと思うだろう」
彼は挑発的に答えた。
いま振り返ってその言葉を反芻すると、彼にとって「大統領」とは、どうしてもなりたいから挑戦した、モナリザの絵を手に入れたいようにプラザホテルを買収した如く。そして彼には、本能的に時代の流れと民衆の期待、要求を読むカンがあった。ということは長期的な国家ヴィジョンを明確に抱かないままに、とりあえず欲しいポストを手に入れたということである。
英語でトランプとは「切り札」という意味である。付随して「喇叭」(トランペット)という意味もあるが、日本で一般的に使われているゲームのトランプは英語では「PLAYING CARDS」である。だから「向こうがトランプならこちらは花札で」という比喩は英語世界では通らない。
活字メディアの殆どはクリントンの味方をしたが…
それはさておき、トランプ政権は米国再生の切り札となるのか。
トランプが商標登録までしたキャッチフレーズが「米国を再び偉大に」(MAKE AMERICA GREAT AGAIN)であるように米国は本当に再生できるだろうか?ともかく米国大統領選挙は予備選の段階から不思議な現象の連続が奇跡を運んだ。
泡沫、道化師、暴言王、そして不動産王(同時に借金王)とからかわれた人物が、なんと本命のヒラリー・クリントンを破って米国大統領に当選したのだから。
あれほど暴言、放言を繰り出し続け、全米マスコミから糞味噌に罵倒され、リベラル派からは侮蔑的な猛攻撃を受けながら、ドナルド・トランプの支持率は土壇場になると尻上がりだった。投票二週間前のタイム誌は、トランプの金髪が海に沈むイラストを表紙に配して「メルトダウン(溶解)」とまで書いていた。誰もが絶望的と思った。
投票直前にヒラリー・クリントンとの差が僅わずか1%にまで猛追していた。FBIの再調査が原因とか、メディアがトランプの虚像を膨らませたとかいろいろなコメントも出たが、それらは後智恵である。
猛追現象が出てくると、追いかけるほうに勢いが増し、通常の誤差の範囲は5%だから事実上、トランプが逆転していたのである。
日本政府・外務省が慌ててトランプ陣営とコンタクトを初めたのはそのタイミングだった。ちょっとでも縁のある政治家、実業家、フィクサー、議員らと接触し、どうやらトランプの長女イバンカとの連絡が確保できた。
当選直後、世界の指導者のなかで最初に安倍首相が会見できたのは、このラインのおかげだった。電光石火の仕儀に、世界が唸った。欧米、とりわけ兄貴分の英国をさしおいて、「あの(ぐずの官僚が支配する)日本が?」と欧州の政治家は驚き、中国は悔し紛れに「朝貢したに過ぎない」とした。
選挙中、全米の新聞のなかで地方の二紙を除き、ほぼ二百紙がトランプを批判していた。矛先は少数民族、女性差別という「ポリティカル・コレクトネス(差別、偏見を含まない政治的に適切な表現)」論議に集中した。
メディアが禁句とする言葉を乱発して、マイノリティ問題というタブーを公然と口にしていた。トランプの主眼であるエネルギー政策と金融改革をめぐって、トランプのビジョンを批判したメディアは殆どなかった。
リベラルの巣窟ともいわれるニューヨークタイムズをはじめ三十紙は、ヒラリー支持を社説に堂々と掲げた。イリノイ州の一紙は第三党「リバタリアン党」を支持した。まさに異常事態だったのである。
保守派の論調を掲げるワシントンタイムズとて明確にトランプ支援をしてきたわけではなかった。まして保守本流のウォールストリート・ジャーナルは最初から自由貿易反対をいう「反グルーバリズム」のトランプに批判的だった。
トランプは「保護貿易主義」だとレッテルを貼ったのは米ジャーナリズムの作為であり、後節で述べるようにトランプは決して保護貿易主義者でもなければ、自由貿易を否定してはいない。彼は「公平な貿易」を言っているだけである。
意図的に誤解を植え付ける左翼系のプロパガンダでしかない。ともかくトランプには活字メディアの味方は殆ど存在していなかった。
テレビはかろうじて「フォックス・テレビ」が中立的だったが、社内ではトランプ支持をめぐって真っ二つに分かれて論争があった。残りのテレビ局は、なべてヒラリー支援。CNNは「クリントン(C)・ニュース(N)・ネットワーク(N)」と揶揄されたほどで、90%の番組が民主党支援キャンペーンだった。
マスメディアの報道合戦でこれほどの四面楚歌に晒されながら、トランプはテフロンのように強い支持に支えられた。だから「第二のレーガンになる」と称賛する評論もある。これらが日本から見ていては容易に解けぬ謎だった。