トランプ独自の主張を形作った「湾岸戦争への怒り」
ざっと経過を振り返っておくと、2016年2月の大統領予備選の緒戦で、実業家のドナルド・トランプが17人も並んでいた共和党レースの先頭に躍り出た。17名のなかで、トランプが一番の有名人であり、また暴言の連続咆哮はマスコミの格好のネタになった。
トランプの出馬表明は2015年6月16日だった。
ニューヨーク五番街57番地のトランプタワーで記者会見を開き、同時に『無力化したアメリカ』という著作が配布された。どうせつまらないことが書かれているのだろうと馬鹿にして、ジャーナリストの多くが読まなかった。重要なマニフェストが、このなかに並んでいた。
筆者はニューヨークに取材に行った折にコロンビア大学の書店で関連書とともに一冊を購入し、帰りの飛行機で読んだが、じつに実直に政治参加の動機が書かれている(リベラル派のメッカであるコロンビア大学の書店にトランプの本が並んでいたのも驚きだ)。
トランプが怒り心頭に発したのは湾岸戦争のときだったと当該書のなかで明言している箇所がある。
「クウェートをイラクの侵略から奪回せんとしてアメリカの若者が血を流しているとき、クウェートの王族、金持ち等は何をしていたのか? パリの豪華ホテルに陣取り(酒をのみ、美女を侍らせ)、テレビで戦争を観戦していたではないか(こんなことが許せるのか)」と訴えているのである。
この始源的な怒りが「NATO加盟国は応分の分担を支払え、サウジも韓国も日本も米国の軍事力が守っているのだから駐留経費の全額を支払え」という主張に結びついた。
米国のジャーナリズムは彼に冷たく非難と罵倒の嵐を繰り返していた。ところが痛罵(つうば)、批判の度にトランプ人気は上昇した。
米国民の大半はメディアの論調を信じていなかった・・・
このトランプへの熱狂現象の源泉は何だったのか?
なぜ「トランプ現象」がいまの米国で出現したのか、特別な社会的変化によって新しい時代への胎動なのか、一時的なテロと難民への反撥でしかないのか。いったい米国は何処へ向かおうとしているのか? 米国取材中、筆者の脳裏をよぎった疑問だった。
とりわけ「反知性主義」というトランプ批判が目立った。そこで筆者は16年春にはやばやと『トランプ熱狂、アメリカの反知性主義』(海竜社)を書いた。
トランプはTPPに反対したり、不法移民排除、イスラム敵視など共和党の主流派、穏健派の神経さえ逆撫でした。共和党のエスタブリシュメントやメディアの論調とは正反対に「物言わぬ大衆(サイレント・マジョリティ)」のトランプ支持が全米くまなく拡がったのは米国民の大半がメディアの論調を信じていない証拠だった。トランプはそのことを織り込んでいた。
異変が続いた。典型がローマ法王の発言だった。
16年3月に訪米したローマ法王は、イスラム教徒を入国させるな、イスラムの犯罪者を送り返せと人種差別ともとれる発言を繰り返していたので、「トランプ氏はキリスト教徒ではない」と発言した。この強いメッセージに対してアメリカの大衆はトランプへの支持率アップで応じたのだ。