今回は、アメリカの有権者が「グローバリズムはNO」という回答を出した理由を考察します。※本連載は、評論家・作家として活躍する宮崎正弘氏の著書、『トランプノミクス 日本再生、米国・ロシア復活、中国・EU沈没』(海竜社)の中から一部を抜粋し、全米で巻き起こった「トランプ現象」の真実に迫ります。

大衆の叡智に負けた左翼ジャーナリズム

BREXIT(英国のEU離脱)から本格化した地球的規模での地殻変動が世界政治を揺らす状況のなかで、アメリカ人有権者から「グローバリズムへNO」という回答が出た。フランスの人口学者エマニエル・トッドは、これを「グローバリゼーション・ファティーグ」(国際化への疲労)と比喩した(『グローバリズム以後』、朝日新書を参照)。

 

主権と独立心の回復を叫んできたナショナリズムの勝利、というよりこれは左翼リベラリズムの完全敗北を示してあまりある。

 

改めて言う。左翼ジャーナリズムが大衆の叡智に負けたのである。

 

この流れが奔流となると、次はフランス総選挙で国民戦線を率い、移民排斥を主張するマリーヌ・ルペンが大統領となる可能性が高くなった。

 

「リベラルの秩序維持」を謳って四選出馬を声明した(16年11月20日)、ドイツのメルケルは政権を投げ出さざるを得なくなるだろう。ドイツ人のアイデンティティ喪失に怒る土着ドイツ民衆の怒りもそろそろ頂点に達しつつある。

 

とくにフランス人は血が好き。血が滴したたるステーキが好み、赤ワインも血を連想させる。あのギロチンによる大量粛清。フランス革命が過激な左翼思想を生んだことは歴史学の定説である。

 

国王を処刑したかと思えばナポレオンが皇帝となり、やがて国民が飽きると共和制と、その左右の振幅は激しい。戦後、右派からレイモン・アロンという戦略思想家、ドゴールが出てきて、「フランスの栄光」を唱えたかと思えば、カミュやサルトルが出る。

 

ダニエル・コーンバンディは五月革命を率いた。サロン・マルキストの盛んな国だが、エマニエル・トッドはソ連の崩壊を預言して的中させた。他方ではジャック・アタリのような唐変木左翼もいる。

 

こういうフランスになぜか日本人女性がいまも憧れ、そのブランド購買に熱中した時期もあった。フランスの政局の移り変わりは猫の目。民主制度は確立されているが、国民の精神はドイツ同様に病んでいる。

 

現在の大統領オランドは左翼。なのにパリのテロ事件以後は保守路線より右。しかし人気は低迷し、左派全体も政界に沈没した。一応現職のバレス首相が立候補するが、保守党との連立で矛を収めようとしている。

 

保守からはサルコジ前大統領が本命視されていたが、エスタブリシュメントを嫌う党内のマーケッティング・リサーチによってフィヨン元首相が次期大統領候補者に選ばれた。保守穏健派だが、パフォーマンスが弱い。

 

しかしフィヨン氏は党内の打算で、彼ならルペンに勝てるという想定に立脚するのだが、この打算は間違っていないか。

 

選挙とは、衆愚政治である以上、ポピュリズムである。訴える破壊的なパンチ力が必要とされるが、フィヨン氏は物腰が上品で、アジ演説が下手な、まっとうすぎる人。これでは迫力が出ないのではないか。

 

ロシアのメディアをみていて驚いたのは「フィヨンでもルペンでも歓迎」としていること、旧左翼の国が、キリスト教東方正教会の国に変身し、なによりも保守政治家を好み始めるというのも、奇妙なことではある。

 

ともかくマリーヌ・ルペンが「フランスのトランプ」となるか、世界政治の焦点は春のパリに移行する。

世界経済の見通しは「マイナス方向」だが…

この結果をほくそ笑んでいるのはロシアのプーチン、表向きトランプ歓迎とした中国だが、「中国は一つに縛られない」とするトランプ発言で、顔面蒼白は習近平。過去、ヒラリー陣営のあやしげな財団に巨額を迂回献金してきた中国としてはまずい事態の出来である。

 

間接的にトランプを支援してきたロシアのプーチンはほくそえんだ。16年12月15日に来日し、安倍首相と六時間ものロングラン交渉をしたプーチン・ロシア大統領は北方領土問題で一歩もゆずらなかった。

 

ロシアがトランプ当選を歓迎し、クレムリンが祝杯を挙げたのは、第一にNATO(北大西洋条約機構)弱体化に向かうという期待。第二に欧米の、クリミア編入以来のロシア制裁をトランプが解除するかもしれないという希望。第三にトランプが「キエフに関心が薄い」(つまりウクライナの民主革命に無関心なほど冷淡なこと)。第四にビジネスマンゆえに通商の拡大には熱心であること等である。

 

中東ではサウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)もトルコもトランプを歓迎するとしてきた。もっとも安堵したのはエジプトとイスラエルだった。イスラエルにとってはトランプ当選大歓迎というところで、「これでパレスチナ国家構想は消える」(『イスラエル・トゥディ』、11月10日)などとはしゃぐ論調もある。

 

トランプは「イランとの核合意は悪い取引だった」と選挙中にも発言していた。そのうえトランプはイスラエルの米国大使館をテルアビブからエルサレムへ移転すると訴えていた。長女のイバンカはユダヤ教徒、女婿はユダヤ人である。

 

オバマのイランとの核合意がサウジ、イスラエルをして米国から距離をおきロシアに接近するという反動を産んだことは今後のトランプ外交に跳ね返る。

 

一方、トランプを非難して止まない在米ユダヤ人の左翼グループは、「与党ネタニヤフにはよい出来事だが、ユダヤ人全体にとってはよくない」とする。しかし在米最強最大のイスラエル・ロビィ「AIPAC」がオバマ政権でイラン核合意に反対するロビィ工作に失敗しただけに失地回復の可能性が出たと前向きである。

 

いずれにしても問題はこれから。とくに世界経済の見通しはEU(欧州連合)分裂、ユーロ解体、中国経済の破綻などマイナス方向に予想されており、日本は防衛費増大、日米安保条約改定など対米交渉の難局が横たわる。

 

本書ではこうした状況を踏まえつつトランプ政治、日米関係、世界激変の近未来を予測してみたい。

 

とくに「トランプノミクス」と日本の「アベノミクス」が両輪となって世界経済をプラス方向へ牽引できるか、どうか。日経ダウは22000円台を目指しているが、GDP600兆円をいつ達成できるのか、などの予測にも重点をおきたい。

トランプノミクス 日本再生、米国・ロシア復活、 中国・EU沈没

トランプノミクス 日本再生、米国・ロシア復活、 中国・EU沈没

宮崎 正弘

海竜社

2017年1月20日、ついにトランプがアメリカ合衆国大統領に就任します。TPPへ反対し、国内政策に集中するなど、今までのアメリカとは異なる姿勢を見せるトランプは、アメリカをどう変えるのでしょうか。そしてトランプノミクスに…

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