予期せぬ「上乗せ票」がトランプ勝利の要因
全米の州別色分けを俯瞰すると鮮明になる。東海岸、西海岸というリベラル色の強い州を除いて中西部から南部は殆どがトランプの勝ち。
中西部のラストベルト地区でヒラリーが勝ったのはイリノイ州という労働組合の強い所とミネソタ州だけ、南部でニューメキシコ、コロラドなどでヒラリーが勝ったわけは単純明瞭。不法移民のメッカゆえに移民排斥のトランプを嫌ったからだ。
大雑把に総括するとトランプ票とクリントン票は基礎票に変化がみられず、両者ともに六千万票をおさえている。前回のオバマvsロムニーと同じだが、そのうえにトランプ側が二百万ほど上乗せした。
その予期せぬ「上乗せ票」がトランプ勝利の原因だが、一番よくいわれた分析は「表向きヒラリー支持、実際の投票ではトランプに入れた」という「隠れトランプ票」だった。
人前で議論すると、とくに知的サークル、職場ではトランプ支持を言えない。だから人前では「ヒラリーかなぁ」と苦笑しつつ、お茶を濁し、秘密投票だから誰が誰に入れたかはわからない。だからトランプに入れる。投票が終わっての出口調査とやらでも、まじめに答えなかったわけだ。
トランプ票につながった、富裕層・既成政治への不満
予備選の段階で、全米マスコミの報道は怪しいと前々から考えていた筆者は米国の選挙現場に飛んで実態の雰囲気、空気を嗅いでみなければと思った。
地下マグマのようなダイナミズム、あの熱狂の根っこにあるのはアメリカ人大衆のワシントンへの「怒り」だった。全面的にトランプの言っていることに共鳴したわけでもないのである。エスタブリシュメントへの、既成政治への不満が堆積されていたのだ。火山の爆発のような突発事が起きるのではないか。スタインベックの『怒りの葡萄』を思い出した。
エスタブリシュメント、ウォール街、そして1%の富裕層に対して、多くのアメリカ国民は既成政治家たちの馴れ合いゲームに厭いた。「ヒラリーはウォール街の操り人形」と訴えるトランプのパンチの効いたレトリックに酔った。
そのヒラリーが投票日直前の集会でウォーレン・バフェット(全米投資家トップ)を応援弁士に担ぎ出したことは、ひょっとして致命的ミスにつながるのではないかと思ったが、案の定、そうなった。
既に「期日前投票」(不在者投票)を済ませた有権者は過去最高にのぼっていた。従来は「投票に行かなかった」人々が「こんどはトランプに票を入れに投票所へ行く」という。対照的にヒラリー支持者は絶対に行くと答える人が少なかった。
またヒラリーをささえたはずのカソリックの大票田も結局、トランプに52%が流れ、クリントンは45%に留まった。
事前予測では55%がクリントンに投票するとし、トランプ支持は32%だった。ローマ法王の呼びかけ(「トランプ氏はキリスト教徒ではない」)にアメリカ人信者は順応しなかったのである(ワシントンタイムズ、2016年11月13日)
ヒラリー陣営にはなんとしても勝たねばという、湧き上がるような熱狂が薄かった。というよりも「トランプごときに経験豊かな私が負けるはずがない」という驕慢な自負、傲岸な姿勢が強くあったのだろう。
しかし現場に立ってみると、ヒラリーの集会場では空席が目立ち、盛り上がりを欠いていた。反対にトランプの集会は立錐の余地がないのだ。全米のテレビは意図的にこの場面を映し出さなかった。明らかな映像操作まで行っていた。
絶体絶命といわれた九回裏二死満塁。長嶋茂雄の天覧試合を思い出した。だから筆者は「逆転満塁さよならホームラン」の可能性が高まったと投票日の三日前に書いた。
投票日。2016年11月8日、日本時間、9日午前十一時半だった。ニューヨークタイムズの予測ライブのトランプ勝利率がヒラリーを逆転し始めた。
朝方、同ライブ予測はトランプの当選可能性を僅か20%としていた。午前九時半に80%でヒラリー圧勝を予測していたから僅か二時間で逆転した。この時点でヒラリーがおさえたのは左翼の巣窟ニューヨーク、ペンシルベニア、ワシントンDCくらいで、接戦といわれたオハイオ、フロリダでトランプが2%ほどリードしている。
正午過ぎ(日本時間)にニューヨークタイムズの予測ライブは77%でトランプ勝利を予測し始めた。直後に95%となった。大逆転だ。開票がすすみ、激戦区といわれたフロリダ州とオハイオ州でトランプが勝った。勝利が目の前になった。まさに「九回裏二死満塁。逆転満塁さよならホームラン」が秒読みとなった。勝負は見えた。