二世帯住宅で始まった小さなすれ違い
明さん(仮名・68歳)と妻の京子さん(仮名・66歳)は、5年前、長男夫婦と二世帯住宅を建てました。
もともと夫婦は郊外の戸建てで暮らしていましたが、家の老朽化が進み、建て替えを検討していました。そこへ長男から提案があったのです。
「どうせ建て替えるなら、一緒に住まない?」
長男夫婦には当時3歳の子どもがおり、京子さんは孫の世話を手伝えることを楽しみにしていました。明さんも、将来的な介護や見守りの面で安心感があると考えました。
「近くにいてくれたら、お互い助かる。そう思っていました」
二世帯住宅は、玄関と水回りを一部共有するタイプでした。建築費の一部は明さん夫婦が退職金から負担し、ローンは長男夫婦が中心になって返済する形です。
最初のうちは、にぎやかで楽しい日々でした。孫が学校から帰ると、京子さんの部屋に顔を出します。
「ばあば、おやつある?」
その一言がうれしくて、京子さんはつい張り切ってしまいました。夕食のおかずを多めに作り、洗濯物を取り込んでおくこともありました。
しかし、少しずつ境界線が曖昧になっていきます。
長男夫婦が共働きだったこともあり、孫の送迎、夕食の準備、急な発熱時の対応は、いつの間にか京子さんの役割になっていきました。
「助けてあげたい気持ちはありました。でも、毎日のことになると、体がついていかなくなって」
明さん夫婦の年金収入は月約20万円。総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯の消費支出は月約26.4万円、可処分所得は月約22.2万円で、平均では毎月赤字となっています。明さん夫婦も、貯蓄を少しずつ取り崩しながら生活していました。
それでも、光熱費や食費の負担は曖昧なままでした。
「今月、電気代かなり高かったな」
明さんがそう言うと、長男は少し困ったように答えました。
「でも、こっちもローンがあるからさ」
その言葉に、明さんは何も言い返せませんでした。
