管理組合の前に立ちはだかる「約款の壁」
その際、理事長からは「管理会社や施工会社も費用を負担すべきではないか。そうでなければ総会で合意形成は難しいのではないか」という意見が出ました。
しかし、管理会社は、大規模修繕工事の承認後に締結した「マンション修繕工事請負契約約款」を提示しました。
約款には、台風などの異常気象や不可抗力により工事が遅れる場合、施工者は工期延長を申請でき、発注者(管理組合)は妥当と判断すれば協議のうえ工期を延長すること、さらに延長に伴う現場管理費などの追加費用も協議対象となることが明記されています。
今回の中東紛争は、施工者の責任ではない「不可抗力」に該当し、施工会社・管理会社には費用負担義務がありません。つまり、管理組合としては受け入れざるを得ない状況なのです。
浮き彫りになった「制度の空白」と管理組合の自衛策
大規模修繕工事には、施工会社が倒産した場合に備える保険は存在するものの、天変地異や戦争・紛争などによる工事遅延・中止を補償する保険はありません。今回のAさんのケースは、その制度的な空白が露呈した形といえるでしょう。
「地政学リスク」がマンション管理という生活インフラに直接影響を及ぼす時代に入り、従来の契約・保険スキームでは対応しきれない現実が明らかになりました。
マンションは長期にわたり維持管理を続ける「社会的ストック」であり、管理組合は契約内容や保険制度の限界を理解したうえで意思決定を行う必要があります。特に大規模修繕工事は金額が大きく、不可抗力による工期延長や追加費用が発生した場合、組合員の負担は甚大です。
今回のような事例は、管理組合・管理会社・施工会社の三者が、地政学リスクをどのように分担し、どのような契約や備えを整えるべきかを議論する契機となるでしょう。また、管理組合が専門知識を持たないまま施工会社と交渉するのは困難です。
「おかしいな」と感じた段階で、公的機関である「住宅リフォーム・紛争処理支援センター」へ相談することが、トラブルの深刻化を防ぐ有効な手段となります。制度の空白が残る以上、管理組合が専門的助言を早期に得ることが不可欠です。
Aさんの事例は、地政学リスクがもはや遠い世界の話ではなく、私たちの住まいの維持管理にまで影響を及ぼす現実を突きつけています。
松本 洋
松本マンション管理士事務所代表
